時の捉え方/歴史・文化から見る日本のリスク感覚・2

初回はおおざっぱすぎたから、テーマを決めて少しずつまとめてみる。
今日書いてみたいのは「時の捉え方」について。

頭の中をうまく表現できるか分からないけど…
投資理論やMBAとか触れてみて感じた、欧米の時の捉え方は「」。
歴史や文化を追いかけて感じた、日本の時の捉え方は「」。

欧米は、たまたま起こるできごとを斬り捨てて、「普遍性」を追い求める。
カオス理論、なんて名付けながらも、やっぱり普遍性を求めていたり…
きっと過去と現在を強引につなぎ、未来までまっすぐつなぐのが好きなんだ。
本当は無理があるけど、数式や論理で、なんとなく納得させられちゃう。

一方、日本は「滅びの美学」のように、形あるものはやがて失われる、
という考えから、過去・現在・未来をつなぐ「普遍性」にはあまり興味がない。
あはれ」の本来の意味が「!」だったり、茶道の「一期一会」の精神など、
日本文化の美意識は「瞬間」を大切にしてきたように思える。
時の捉え方が「点」だから、将来のリスクに無策のように見える。

でも1つ前の記事で書いたとおり、過去・現在・未来はふだんはバラバラで、
何かをきっかけに、はじめてつながるものだ、というのが私の考え。
時をまっすぐつないで、将来のリスクに備えるなんてことは果たして…。
リスク感覚については、ないものねだりで、自虐に走る必要はないかも。

>>>その3 偶然の扱い方に見る日本のリスク感覚