【特別寄稿】 数寄者をめざす 私

今日は当ブログ初の試み。
室町時代の「会所」のような知的集積の「場」づくりを目指して、
読者の方からのコラムをご寄稿いただきました。
私もたびたびとりあげている「数寄」がテーマ。


「数寄者をめざす 私」

私はお茶が好きで、長年茶道の稽古をし、お茶名を頂いている。
しかし最近、今の茶道と私が好きな茶道とはちょっと違うのではないか、という思いがふつふつとわき上がっている。 いや、ずっと感じていたが、つきつめて考えないようにしていた。
それは点前、作法などの問題ではなく、最終的にめざす姿が違うのである。

今お茶をお稽古し勉強している人の多くは、稽古を積み、お免状を頂き、お茶の先生になることを目指すか、あるいはお茶をする人同士の社交を楽しむか、教養として知識・経験を積むということを目的としている。 もちろんそれらすべてを目的としているかもしれない。
私もそういうことを大切に考えてお稽古をしてきた。

しかし、何か違う。

稽古を積んで知識教養を身につけることは楽しいことではあるが、何か私が目標とするところは
それとは違うところにあるような気がする。
それはなぜなのだろうか、そこでまず茶人とはどのようなものかを考えてみることにする。

1588年に書かれた「山上宗二記」では、茶人を

  • 「茶湯者」
  • 「数寄者」
  • 「名仁(じん)」

に分類している。
まず先に「名仁」は、

「唐物を持ち、目もきき、茶の湯も上手、右の三ヶ条も調おり一道に志深ければ名仁というなり」

そしてその「名仁」を山上宗二は珠光、引拙、紹鷗とし、後に利休を加えている。

それでは「茶湯者」はというと、

「目利にて茶の湯も上手、数寄の師匠をして世を渡る」

としている。

そして「茶湯者」というのはコツを身につけワザに習熟し、風躰は古人に学び、自分で工夫することが肝要であると説く。 学ぶという姿勢で積み上げ足してゆき、それを教える人になっていく。

では「数寄者」とはどういうものか。

「侘び数寄というは一物も持たざる者、胸の覚悟一つ、作分一つ、手柄一つこの三ヶ条調うる者をいうなり・・・数寄者の覚悟は禅宗を全と用うべきなり。紹鮃蘭膜繧ノいわく、量を知る、茶味と禅味と同ずることを、松風を吸尽して意けがれず云々。」

「数寄」とはもともと出家や遁世に関わる言葉だったが、やがて茶道の精神的な部分、思想を表す言葉になっていき、その中で風雅を追求するもの、芸術的に生きるもの、没頭するあまり出家してしまうような生き方のことをいう。

鴨長明は「発心集」の中で、

「数寄というは、人の交わりを好まず、身のしづめるをも憂へず、花の咲き散るをあわれみ、月の出入りを思うにつけて、常に心を澄まして、世の濁りに染まぬ事をすれば、おのづから生滅のことわりも顕れ、名利の余執つきぬべし。」

と言っており、「純粋に好きを貫き通し、とことんこだわって没頭すれば、世俗との関わりも忘れ、そぎ落とした生き方が出来る」 というのである。

熊倉功夫氏は「近代茶道史の研究」の中で、

「数寄者というとき、それは茶人とは区別される人々をさす。茶人とは、一定の流儀に属し、茶道を教授して業とする人々を意味し、さらに広くは、将来茶道教授たらんと修業する人々もこれに含めてよいであろう。数寄者は茶道を業としない。したがって、生業を茶以外に持ち、茶道を楽しむ人びとである。」

としている。

ということは、茶人は職業として茶道を行い、数寄者は趣味として茶道を楽しむ人、しかも流派にとらわれない自由な茶を楽しむ人ということになる。

私はお茶の何が好きなのだろうか、楽しいのだろうか。
それは何と言っても、“お茶のしつらえ もてなしに自分の美意識を発揮できること”である。
私は日本画を描き、それにあった表装を自分で仕立てている。
また、お茶事のイメージに合った設えを考え、無いものは自分で作るという事が喜びである。

茶道には色々な日本の文化が集約されている。
建築・庭・諸道具・料理・香・書・花、今では現代生活から排除されてしまった火の文化など、それらを現代に生きる私の美意識でプロデュースしたいと思う。

「山上宗二記」に戻ると、
「侘数寄」すなわち「数寄者」の条件として、覚悟(心構え)と作分(創意工夫)、手柄(技量)をそなえながらも「一物も不持」者であると言っている。
その「無一物」は精神的な姿勢を意味するのであるが、
「無一物」の心とは、一切の執着から自由になった「さびすました」心であること、しかしその心はまた「おのづから」はたらくものである、と「南方録」に書かれている。

茶人は「数寄」すなわち禅の“無”の精神を土台にして、芸術的表現である「侘び数寄」を追求した。そして「侘び数寄」自体が生き方となった人が数寄者なのではなのか。

私は茶名を頂いているけれど、茶道を職業とする気持ちはない。
また近代の数寄者のように、名物茶道具を所持しているわけではないが、
茶人として、創意工夫でわび数寄を追求し、
無一物の心で、数寄者になることをめざしたいと思う。

☆作者;かまたり(日本画・表装作家、茶人)/趣味:作庭、作陶、フルート


【おまけ by まろ】

作者の「かまたり」さんは、先月私をお茶会に誘ってくれた方
数寄者を目指すものにとって、現代の茶道の姿は何かが違う。
そして古典を読み解き、茶道の原点に振り返り、

「茶人は「数寄」すなわち禅の“無”の精神を土台にして、芸術的表現である「侘び数寄」を追求した。そして「侘び数寄」自体が生き方となった人が数寄者なのではなのか。」

と辿り着く。
日本の伝統文化に関わる方から、こういう話が聞けると嬉しい。

「ない」からこそ想像力を働かせて、そこに最上の美を見出す。
そんな富や権力では到達しえない美意識が茶道にあったから、
千利休は時の権力者・豊臣秀吉と渡り合う存在になれたりもした。

今、もしも世界中の人々が私たち日本人と同じ生活をしたら、
2.3個分の地球が必要になる、なんて指標があったりする。
日本のエコロジカル・フットプリント報告書2012より

この状況で経済成長を目指すのは・・・。
次世代へのヒントは、かつての日本の美意識にあるのでは?
私が投資・経済の分野から転身した理由のひとつはここにある。