叶わぬ恋ゆえの無常/徒然草に秘められた想い

徒然草の主題は「無常」だけど、その心は宗教的なものではなく、
今この時を生きる大切さを説いたもの。→前回紹介した記事へ
では、兼好の無常観はどこから生まれたのか?
あまり語られることのない、徒然草の悲しい恋の物語を編集してみよう。


心静かに昔を思い出せば、過ぎた日々の恋しさがつのる…
静かに思へば、よろづに、過ぎしかたの恋しさのみぞせんかたなき。
とはじまる29段から32段にかけて、亡くなった人の思い出がつづられる。

32段は恋人を見送った後に月を見上げて余韻に浸る
妻戸をいま少し押し開けて、月見るけしきなり。
今は亡き女性の優雅なたたずまいを恋しく思い出すエッセイ。
亡くなった人が女性と分かる。でも、兼好の恋人かどうかは分からない。

31段には、ある雪の降る日に、その女性に頼み事があって手紙を送ると、

この雪いかが見ると一筆のたまはせぬほどの、ひがひがしからん人の仰せらるる事、聞き入るべきかは。返すがえす口おしき御心なり。

この雪を見て、あなたは何も思い出さないのかしら?
そんな乙女心の分からない人の頼みは聞いてあげない。無粋な人ね。
と兼好が怒られたことを回想している。この2人の思い出の「雪」とは?

105段に、とある男女が雪の中、仲良く会話する情景が描かれている。

北の屋陰に消え残りたる雪の、いたう凍りたるに、さし寄せたる車の轅も、霜いたくきらめきて、有明の月、さやかなれども、隈なくはあらぬに、人離れなる御堂の廊に、なみなみにはあらずと見ゆる男、女となげしに尻かけて、物語するさまこそ、何事にかあらん、尽きすまじけれ。

雪の残る寒空の下、屋敷の廊下に腰かけて夜通し語り合ったあの日…。
描写が細かいから、ここでの「男」とは兼好本人のことだろう。
おそらくこれが初デート。だからこそ、相手の女性は「雪」にこだわった。

105段が初デートと分かるのは、直前の104段が最期を描いているから。
一晩中看病が必要なほど、病の悪化した女性のもとに訪れる兼好。

来し方・行末かけてまめやかなる御物語に
これまでの思い出やこれからのことを話しているうちに時間はすぎ、
忘れ難き事など言ひて立ち出で
今も忘れることができない言葉をかけて戸を開けると、
梢も庭もめづらしく青み渡りたる卯月ばかりの曙
朝日を浴び、青々と輝く新緑が目に飛び込んできた。

別れの日に見たあの光景が目に焼き付いているから、
艶にをかしかりしを思し出でて、桂の木の大きなるが隠るるまで、今も見送り給ふとぞ。
今でも彼女のことを思い出しながら、あの木を見つめてしまう。。。

大切な人を失った悲しみから、兼好は「無常」に目覚めたのだ。

同じ心ならん人としめやかに物語して、をかしき事も、世のはかなき事も、うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに、さる人あるまじければ、つゆ違はざらんと向かいたらんは、ただひとりある心地やせん。」(12段)

彼女のように気の合う人なんていないから孤独が一番と嘆き、

風も吹きあへずうつろふ、人の心の花に、馴れにし年月を思へば、あはれと聞きし言の葉ごとに忘れぬものから、我が世の外になりゆくならひこそ、亡き人の別れよりもまさりてかなしきものなれ。」(26段)

いとしい人と交わした言葉は今も忘れられない。
でも、時とともにあのときの恋心が薄れていってしまう。
人の心は色あせ散りゆく花よりも、うつろいやすいと悲しんでいる。

兼好の人生観は、叶わなかった恋への想いが出発点
無常観は鎌倉末期~南北朝の社会の動乱を背景に生まれたものではない。
忘れえぬ恋人への想いから、徒然草に世の無常をつづったのだ