田中淳夫「虚構の森」。
帯書きに惹かれて手に取った。
「砂漠に植林、非科学的なカーボンニュートラル、緑のダムで水害対策・・・・それって本当にSDGs?」
本書は世間の常識に対する異論や異説を紹介することで、
思い込みによって目先を取り繕うだけの対策に陥っていないか、
疑問を持ち、思考を鍛えるきっかけを提供する。
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世界の森林面積は増えている。地球温暖化により生育がよくなり、また植林も進んだから。
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森林に生息する菌類は二酸化炭素の排出源。とくにアマゾンは二酸化炭素の排出量はプラマイゼロの可能性がある。つまり森林を増やせば気候変動を防げるというのは幻想。
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砂漠で行われる植林は、成長の早い木を植えがち。そもそも雨の少ない土地から栄養分と水分を植林した木が吸い上げると、植林以前よりも土地が荒廃してしまう。
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森が土砂崩れを防ぐというのは幻想。木下に茂る草が水の地下浸透を促している。よって樹冠が密集し、地面に光が届かない森は雨に弱い。
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世界的に松茸が獲れなくなったのは荒れた山が減ったから。その原因は化石燃料の普及。燃料として薪や落枝が採取されなくなり、表土の富栄養化が進んだ。
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紙は森林を伐採するがリサイクル可能だから、石灰石の紙もどきよりも環境にやさしい。リサイクルの際、紙もどきが混ざり込むと処理が面倒。
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近年の太陽光・風力発電所の建設は大規模な森林伐採を伴うことが多い。本来、環境負荷の低いエネルギー源とは小規模分散が基本なのだが。
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熱帯雨林破壊の元凶として批判されるパーム油は生産性が桁外れに良い。もし菜種油で代替するなら10倍の農園面積が必要になる。
以上が著者が本書で提示した主な論点だが、
松茸についてはこれまで私も食文化の観点で調べているのでまとめておく。
日本の松茸文化は7~8世紀の大規模な森林伐採をきっかけに生まれたもの。
法隆寺から東大寺の創建までの間に、巨大寺院や大仏の建造が続いたことや、
平安京までの度重なる遷都で(一説には木材資源を求めて森林近くに遷都?)、
近畿地方全域で森林破壊がかなり進んだと言われている。
※東大寺建立のために伐採されたスギやヒノキの大木は3万数千本とも
また奈良時代から平安時代にかけてはじまった畳文化は、
木材が不足し板張りの床が作れなくなったことに由来するというから、
都の周辺はハゲ山だらけだったことが容易に想像できる。
ただ温暖湿潤の気候や火山国であったことから、運良く再生できた山もあり、
ハゲ山のような痩せた土地でも育つ、アカマツ林が形成される。
京都・奈良近郊の森がアカマツ林へ変容し、そのアカマツに寄生したのが松茸。
こうした背景によって、日本の食卓に松茸が並ぶようになるのだ。
近年、松茸の国内収穫量が減少し、手に届かない値段になったのは、
日本の森からマツが減り、様々な樹木や草が生える豊かな森になった証なのだ。
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