他者に迎合せず、その個性を尊重して己を磨け!/夏目漱石「私の個人主義」

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晩年の夏目漱石(1867~1916)の講演録「私の個人主義」。
1914年に学習院で行われた講演だ。
青空文庫で初めて読んだのだが、これはおもしろい。

漱石はロンドンに留学した頃の自分を次のように揶揄する。

「その頃は西洋人のいう事だと云えば何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に吹聴して得意がった男が比々皆是なりと云いたいくらいごろごろしていました。・・・つまり鵜呑と云ってもよし、また機械的の知識と云ってもよし、とうていわが所有とも血とも肉とも云われない、よそよそしいものを我物顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、またみんながそれを賞めるのです。」

むやみにカタカナを並べて得意げな日本人は今も多いように思う。
近年は経営関係の用語に多く、混乱を誘う呪文のようだ。

この時、漱石はこんな生き方は「他人本位」で根のない浮き草だったと反省。
他人に迎合するばかりで自分を見失いかけたとき「自己本位」に目覚め、
それが自信と安心を与えてくれ、創作の原動力になったという。

「私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気慨が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのであります。」

「ただ人の尻馬にばかり乗って空騒ぎをしているようでははなはだ心元ない事だから、そう西洋人ぶらないでも好いという動かすべからざる理由を立派に彼らの前に投げ出してみたら、自分もさぞ愉快だろう、人もさぞ喜ぶだろうと思って、著書その他の手段によって、それを成就するのを私の生涯の事業としようと考えたのです。」

漱石の主張した「自己本位」に根ざす「個人主義」は利己主義ではない。

学習院の関係者(生まれつきのお金持ち)を前にした講演ということもあり、
聴衆の多くが将来、その富を基に何らかの権力を獲得することを鑑みて、
他人の個性を尊重することや、自らの義務や責任を負うことの必要性を強調する。

「第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重じなければならないという事。」

「いやしくも倫理的に、ある程度の修養を積んだ人でなければ、個性を発展する価値もなし、権力を使う価値もなし、また金力を使う価値もないという事になるのです。」

漱石は金持ちに生まれついた学生への戒めとして語ったのかもしれない。
でも当時と違い今の日本は世界の中でも豊かな国になり、
すべての日本人が胸に留め置くべき言葉と言えるのかもしれない。

そして株式投資を余裕があるのなら、なおさら意識すべきと、
この10年、ESG投資を追いかけてみたものの、
注目度されるにつれて歪んでいってしまったような気がする。
これは金融というシステムにあらかじめ組み込まれたものなのか…。

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