恋や生に通じる永遠の想い

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恋する時の人間の心は不思議に純になるのだ。人生の悲しみがわかるのだ。地上の運命に触れるのだ。---倉田百三「出家とその弟子」P87

この人すごいな、ステキだな、と半ば羨望のまなざしで見つめてた女性が、

私の母と誕生日が同じことを知って、うん?まさかねー、とドキッとして。

その後、短期間にずいぶんな回数、一緒に食事をしていたのを思い出す。

美味しいものを食べながら、とりとめのない会話をするのが楽しかった。

まさにそこには「過去のすべてが肯定される瞬間」があった。

そんな桜色の風が吹き抜けていった余韻の中で見つけたものは、

私が紐解きたいと願う日本文化をより深く理解する心だった。

恋や生への叶わなかった想いが、時を越えて残り続けてきた意味。

幸せな時に永遠を望めば、その想いはいつか哀しみに変わってしまう。

だからこそ、月や桜に想いを込めた歌を詠み、禅を通じて無常と向き合い、

庭園や能、茶道を通じて無限の美を、この世に永遠を演出しようとした。

私たちは明日も今日と同じような日々が続いていくと錯覚しやすい。

でも、人生における大切な瞬間の多くは、一度きりで過ぎ去っていく。

そんな二度とない瞬間を、振り返ることでしか気づけず、悲しんだりする。

来年のクリスマスも、今年と同じようにやってくるとは限らないから。

もし今宵、身近に大切な人がいるなら、二度とない今を抱きしめて。

メリー・クリスマス。

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