「株式投資」:「安く買って高く売る」こと?それだけ?/本日のスープ5皿目

リレー連載企画「本日のスープ~株式投資をめぐる三重奏~」。
rennyさんからのご寄稿コラムです。


本日のスープ5皿目。今回は renny が担当します。

ここまでの流れを振り返ってみましょう。

<1皿目>
「本日のスープ(仮)」はじまるよ!
「投資をめぐる三重奏(仮)」はじまるよ!
「マットーネ :mattone(仮)」はじまるよ!

<2皿目>
「本日のスープ~株式投資をめぐる三重奏~」でいかがですか?

<3皿目>
おいしさ=味×心/本日のスープ3皿目

<4皿目>
株を持つという事は自分が関係者になること/本日のスープ4皿目

タイトルも決まり、2周めに入りました。順調です!
前回4皿目で、m@さんが「株を持つということ」についてご自身のお考えを披露してくださいましたが、それを受けて私の考え方を書いてみたいと思います。

「関係者になる」という御指摘は私もその通り!と思います。
では、どんな関係者なのでしょう。

株式会社について考えてみます。

株式会社とは? 新しい価値(製品やサービス)を社会、世界に提案し、それを育てる存在 だと捉えています。 そうした存在に当事者として関係者として参加すること、それが株式投資だと思います。

株式投資をしてみるとします。その時点で、新しい価値を世に送り出す関係者、参加者の一人になっているのです。投資している株式会社が新しい価値を生み出沿うとする姿を見守り、共に過ごしたい、夢を抱きたい、当事者として。

そう考えるのが人情ではないでしょうか。

ずっと売らずに保有し続ける必要は無いと思います。
ただし、全部を売ってしまわない。

そうすることで関係者でいられるのです。

ここでまろさんのいわれる「心」が出てくるように思います。 一度関わりを持った以上、長く同じ景色を見ていたい、目指すところまで共に進みたい。「株式投資」をきっかけにそんな「心」が芽生えることもあるはずです。

時折、こんな声を耳にします。
「投資なんて、安く買って高く売る。これだけ」

最近思うのです。こんなスタイルは「株式投資ではない」と。
こうした行動からは「行く末が」「一緒に」という「心」が感じられません。
では、株式投資でなければ何なのか?

それが「資産運用」だと思います。

「資産運用」にとって大事なのは、リスク・リターン、コスト、銘柄の相関です。

投資している会社に対する「心」はもしかしたら「資産運用」にとっては邪魔なのかもしれません。

私の勝手な整理ですが、

「資産運用」:無機的、機械的
「(株式)投資」:有機的、情緒的(いろんな意味で)

と考えています。

もちろん、どう捉えるかは人それぞれだと思いますが。

ここで、まろさんにつなごうと思います。 「(株式)投資」と「資産運用」との関係について、まろさんはどのようにお考えですか? まろさんの6皿目を楽しみにしています。

renny
P.S. タイトルバナーですが、私にはちょいと荷が重そうです。役に立てず申し訳ありません。


【次回予告】
rennyさんのエッセイを受けて、私が用意する6皿目のメニューは、
投資と資産運用の素因数分解
お楽しみに。→m@さんのブログへ掲載中。