その昔、イギリスから帰国した知人が、向こうでユダヤ人と仲良くなって、
「人は笑いをとれなければ存在価値なし。自分をネタにしてでも笑いをとれ。」
って話をされて、それが留学して得られた最大の教訓だ、と語ってくれた。
当時は前半部しか分からなかったけど、20歳過ぎから後半部も少しずつ理解した。
ポイントは「笑わせる」と「笑われる」という笑いの取り方の違いだと思う。
人を笑わせるのは難しい。場の空気を読んでタイミングを計ったり…。
そんなことができたならお笑い芸人になれるわけで、これを目指すのは難しい。
だから自分自身のおバカなとこ、変なとこをネタにして笑われる、
こうして笑いを取って、自分の周囲で笑いが絶えない環境を作ってしまう。
もちろん始めは恥ずかしいけど、慣れると楽しくなってくるんだこれが。
この笑いの取り方の素晴らしい点は、同じネタで笑いが広がる点にある。
例えば私がAさんから笑われる。このネタがAさんの印象に残れば知人Bさんに
「こんな変な奴がいるんだよ」と私をネタにして2人で笑うかもしれない。
さらに面白いのが後日、私がAさんの紹介でBさんに出会う機会があったりすると、
「あぁ、あの話の人」と初対面でいきなり笑われる。(この経験でおいしかった!!)
でもこの教訓についてさらに理解が深まったのは先週のこと。
上のような話をしたところ、ユダヤ人って歴史的に不運の連続だったから、
自分の不幸を笑い飛ばして生きるしかない、だからそういう発想が生まれたんだね。
って反応が返ってきて、なるほど、と思わず膝をポンっと叩くのだった。
あ、でも私は別に不幸じゃないからね(笑)
コメント
そろそろ、まろさんは日傘をさして笑いをとってる季節ですね。
そうですね。日傘が今一番の笑いのネタです。始めはそういう目的じゃなくて…、
紫外線が目に良くない。サッカー観れなくなったら大変。
↓
コンタクトレンズ+サングラスが最強防御である
↓
なぜかコンタクトレンズを入れると貧血になる
↓
目が悪いのでサングラス単体だと何も見えなくなる
↓
麦わら帽子を愛用する
↓
スーツに麦わら帽子は合わない
↓
紳士用の日傘を探せ
と巡っているうち、一番始めの目的がどこかへすっ飛んで、今では笑いのネタに日傘を差すのが目的になってしまいました(笑)
是非、大阪に留学してください。体得できる上、安上がりですw
特におばちゃんの自虐ネタはすごいです。勉強になります。
私のこの芸風、関東ではかなり変わっているらしく
「なんでそんなに自分をバカにできるの?」とか
「それだけ自分を責められるって強いんだね」とか
変な反応が返ってくることがあります。
どうやら関西では日常に存在する芸風のようですね。
元をたどると祖父母の代は、京都、神戸あたりに生息していたので、私にも関西風の血が流れてるのかもしれません。
自分をバカにできたり、責めたりって、それはヘンな反応ですね。
大阪のおばちゃんが少々あつかましくても憎めないのは、
あの自虐ネタがあるからだ、と思っています。
それとまろさん、芸風じゃないですよ。自然に出てくるんですから。
機会があれば、投資とサッカーと芸について語りましょう♪
なるほど芸風じゃないんですね(笑)
一概には言えないかもしれないですが、関東の人はプライドみたいなのが邪魔して、人生は笑いを取ってナンボのもの、って突進できないんじゃないかと。
関西に知人がいないので、ぜひ笑いについて語ってみたいです。
私は、物事に悩んだときは「後で話のネタになる方を選ぼう」と考えるようにしていますが、自虐ネタはあまりしません。自虐ネタって度が過ぎるとリアクションしづらいので(←これが関東人的発想?)
ところで、ユダヤ人といえば、先日の新聞記事でこの本が紹介されていました。
http://www.christiantoday.co.jp/main/international-news-1574.html
個人的にとても興味を惹かれます。
邦訳は出版されないのかなぁ・・
私の場合は迷ったら「後で笑いのネタになる方を選ぼう」かな。
ただ、天然ボケだったり、ドジだったりで、何も考えなくても普通に笑いのネタが生み出されてしまう。そんな変なところがあります。
事務所の所長が「これは飲み屋で1時間語れるネタだ」とおもしろがっているので、私は夜の自由が丘で意外に有名人らしいです。夜の飲み会に一切顔を出さなくても話題に上ることができる。これが一番の自慢だったりします。