古今和歌集・よみ人しらずの四季の歌

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古今和歌集に収められている1100首の和歌のうち、

約4割が作者不明の「よみ人しらず」となっている。

作者不明と言われると、名歌ではないような気もするけど、

「よみ人しらず」に込められた正しい意味合いは、

「長い年月、多くの人々に歌い継がれるうちに、作者が誰だか分からなくなってしまったから「よみ人しらず」としておくね。」

今風に直すと、何世代にも渡って人気の歌だから、

たくさん歌手がカバーした曲を聴いているうちに、

最初に歌った人は誰だっけ…?という感覚。

そこで私は考えた。

誰が詠んだか分からない歌にこそ日本の美意識の真髄がある!

そんなノリで目にとまった和歌をピックアップ。

春ごとに 花のさかりは ありなめど
あひ見むことは 命なりけり

花のごと 世の常ならば 過ぐしてし
昔はまたも かへりきなまし

たとえ散っても翌年には花を咲かせる桜。

人生もそうだったらいいのにね、って桜への憧れを描いた。

→関連記事:古今和歌集の桜歌

梅が香を 袖にうつして とどめてば
春は過ぐとも 形見ならまし

散りぬとも 香をだにのこせ 梅の花
恋しき時の 思い出でにせむ

古今集が編纂される少し前までは、春の花と言えば桜ではなく梅。

梅の香りを春の面影として…って和歌が詠まれている。

→関連記事:菅原道真/梅が桜に変わる頃に

恋ひ恋ひて あふ夜はこよひ 天の川
霧立ちわたり 明けずもあらなむ

ひたすら恋いこがれて、今宵やっとあの人に会うことができる。

天の川に霧が立ちこめて夜が明けなければいいのに…

古今集には七夕の和歌が11首あるけど1番きれいな表現が、

恋ひ恋ひて あふ夜はこよひ 天の川」って部分だと思う。

→関連記事:紀貫之の和歌で詠む七夕の心

木の間より もりくる月の 影みれば
心づくしの 秋は来にけり

心づくしの秋

今でも「~の秋」という表現があるように、昔も秋は特別。

もの思いの限りを尽くす季節が秋だった。

コメント

  1. むかしから、和歌には、全く興味が無かったんですけど、まろさんのブログを読んでいると、いいなぁと思えてくる。
    古典への興味を、湧き起こしていただきました。
    ありがとうございます。
    日本語も、その表現もいいですね。
    直接的でなく、婉曲に、何かに託したり・・・、奥ゆかしさだけではなく、少し遊び心が入っていたり、そして時に真摯であったり・・・。
    こうやって眺めていると、和歌には色がついているように思います。

  2. まろ@管理人 より:

    日本を読み解くには和歌は外せません。
    男女が和歌をやりとりする中で日本語の原型ができたようなところもありますし。
    そしてわずか31文字に目一杯の想いを凝縮する感覚。後に精密技術で世界を席巻する日本の原型がかいま見えたり。
    古典はおもしろいです。