東寺や善通寺をはじめ、空海ゆかりのお寺にたくさん巡ってきた。
でもよく考えてみると、空海についてきちんと学んだことがない。
平安時代の初期に最澄と空海という仏教の二大巨頭がいて…、
空海は密教で、曼荼羅は密教美術だっけ?というレベル。
仏教関連の本も読んでいないことはないけど、
禅宗(道元、夢窓疎石)と時宗(一遍)に偏っていて、
鎌倉仏教以後のものなので、空海と向き合ったことがない。
そろそろ空海を理解しておきたい。
とりあえず本棚から新書2冊を引っ張り出してきて、
まずは空海についての前提知識をざっと頭に入れてみた。
最澄と空海が登場する背景には、奈良時代末期の政治情勢がある。
称徳天皇が重用する道鏡に皇位を譲ろうとする事件が発生(769年)。
仏教と政治の深すぎる繋がりを断つためにも、
桓武天皇の時代に、平城京から長岡京、平安京へと遷都(794年)。
奈良の諸宗派は京都に移ることを禁じられたため、
都に宗教的な空白ができたことが、最澄や空海の登場につながる。
835年に空海が宮中ではじめた「後七日御修法」が有名。
正月の最後に行われる、国と皇室の安寧を祈る真言宗の最高儀式。
元旦から7日までは神事、それに続く「後七日(8~14日)」に実施。
もともとは宮中の鎮護国家の儀礼として実施されていたが、
次第に出産祈願、怨敵調伏など、貴族の個人的な欲望成就と結びつく。
密教的な発想は呪術と結びついて民衆の間にも普及し、
土着の宗教が整備されてゆくための理論的・儀礼的な基盤となっていく。
そもそも顕教に対して密教とは何か?というと、
仏が生前には説かなかった教えという意味あいのもの。
空海の密教の特徴は胎蔵界・金剛界の両部を立てて体系化したこと。
曼荼羅は、この二大原理のもとに、
あらゆる仏や仏教外の神々を配列し、宇宙の秩序を示したもの。


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