江戸女性が憂う経済倫理/只野真葛「独考」

江戸時代の日本の女性が知識レベルが高かったことは、
幕末に来日したシュリーマンの旅行記にも現れている。

教育はヨーロッパ文明国家以上にも行き渡っている。シナを含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知のなかに放置されているのに対して、日本では、男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる。

しかしこんなレベルの女性がいたとは想定外だった。

只野真葛(本名は工藤綾子/1763~1825)。

父は医師を本業としながら国際情勢にも精通した工藤平助
ロシアとの貿易と蝦夷地の開拓を説いた「赤蝦夷風説考」の著者だ。

真葛が世の中を痛烈に批判した「独考(ひとりかんがへ)」は、
将軍や天皇に対しても矛先が向いていたため、
当時は出版に至らず、残念ながら全編は今に伝わっていない。

だが断片からも経済に対するまなざしの鋭さは見てとれる。

昔は国を争ひ、土地を争ひし乱れ世、今は金銀をあらそふ心の乱世と成しに、人の心は目にも見へず、音も無物故、誰も心つかず。

かつては国や土地を争い、世の中が乱れていたが、
今は金銀をめぐって争う心の乱世と呼べる時代であると指摘。

その具体例としておそらく父親から聞いたと思われる
ロシアのアダム・ラクスマンへの贈り物が挙げられている。

吹ながされし日本人を送り来りし、ヲロシヤ人アダムに、公より給はりし所の品々の内、箱入のたばこ有しを、ことに喜びて、日本は音に聞えしたばこの名産よ、いざとて、蓋をとりてこころみんとせし時、上一皮ばかりうすく上葉を敷き、中はことの外なる下葉にて有しかぱ、笑てのまず、捨行しと聞し時は、おもはず胸つぶれ、我国の恥よと、今だにこころよからず。

ラクスマンは贈り物の箱に日本の名産のタバコが入っていて喜んだが、
よくよく見ると箱の表面だけは上等の葉で中身は安物の葉だった。
ロシア人たちはあざけ笑って箱を捨てたのだという。

そういえば「独考」(1817)から百数十年前の井原西鶴日本永代蔵」(1688)でも、

唐土人は律儀に、言ひ約束のたがはず、絹物に奥口せず、薬種にまぎれ物せず、木は木、銀は銀に、幾年かかはる事なし。只ひすらこきは日本、次第に針をみじかく摺り、織布の幅をちぢめ、傘にも油をひかず、銭安きを本として、売り渡すと跡をかまはず。」(巻四「心を畳込む古筆屏風」)

中国人(=唐土人)は、律儀で約束を守り、商品偽装はしない。
一方で日本人は原価を安くすることしか考えておらず、
売り渡してしまえば後は知らぬ、とずるくて欲深くて困ったもの。
という西鶴の嘆きが書き残されている。

江戸時代と言えば近江商人の「三方良し」が有名だが、
こういった哲学を持った商人は例外中の例外だったのかもしれない。

経済倫理の低さに対する真葛の憂いはこの言葉にまとめられるだろうか。

今の世の人気のはやりは、人を倒して我富まん、と思ふ心いきなり。是いたりて穏やかならず。いかにぞして、此心をひるがへして、人よかれ、さて我もよかれ、と一同におもはせぱや、万の物も厚くこそならめ。

誰かを犠牲にして、自分だけが富を手にすればいい、という考えが蔓延する今の時代。
どうにかして、自分にも他者にも良いことを、と考えて行動する世の中にできないのか?

真葛の言葉を意訳しただけだが、今の時代に投げかけられているようにも思える。
いつの時代も共通して問われ続けている問題ではあるが、
江戸時代の女性がタイトル通り、独りで考えたという点が驚きだ。

おまけ:只野真葛の調べ方

最初に真葛の生涯を描いた歴史小説を読み、
原文をかたわらに、研究書を読んでいくのがおすすめ。

  1. 小説…永井路子「葛の葉抄 只野真葛ものがたり」
  2. 研究書…関民子「只野真葛」
  3. 原文…鈴木よね子「只野真葛集」