夢窓国師の山水思想

去年は3度も京都を旅したのに、西芳寺の庭園をまだ見たことがない。
事前に拝観の予約が必要で、計画性のない私にはキビシイ…(涙)
西芳寺には庭園を作庭した夢窓国師のこんな漢詩が残されてるとか。

仁人自是愛山静  仁人は自ら是山の静なるを愛す
智者天然楽水清  智者は天然に水の清きを楽しむ
莫怪愚惷翫山水  怪むこと莫れ愚惷の山水を翫ぶを
只図藉此砺精明  只だ此れを藉て精明を砺がんことを図るのみ

[現代語訳]
仁徳を体得した人は、もとより山の静かなところを愛し、
優れた智者は、自然の水の清らかな場を楽しむ。
私が山水を愛し、庭造りに没頭するのは、怪しまれるようなことではなく、
この庭造りを通して我が心を磨こうとしているのである。

山水の「山」は静けさを、「水」は清らかさを表す、ということなのかな。
そして今一度、以前紹介した「夢中問答集」の一文に目を移し、

山水には得失なし。得失は人の心にあり。」(問答集57)

自然の中に、人間のありようを見出そうと、庭造りに没頭した夢窓国師。
自然と同化・共生への美学を含んだ枯山水の原点。
枯山水を訪れると、なぜ時間を忘れて引き込まれるのか、分かった気がした。