岡倉天心「茶の本」の美文集・その2

今年は岡倉天心の没後100周年にあたることもあり、
私が書いた「茶の本」の紹介記事のアクセスが急増中。

この機会に私も再読し、また紹介していない名文を編集。

"Teaism is a cult founded on the adoration of the beautiful among the sordid facts of everyday existence."

茶道は日常生活の中にある美しきものを崇拝する儀式である。)

生活から生まれた芸術なのか、芸術から生まれた生活なのか…
日本の文化・芸術の魅力は、この境界があいまいなところにある。
しかし天心は、その生活芸術が失われゆくことに危機感を持ち、

"We are destroying art in destroying the beautiful in life. Would that some great wizard might from the stem of society shape a mighty harp whose strings would resound to the touch of genius."

(われわれは生活の中の美を破壊することですべてを破壊している。誰か大魔術師が社会の幹から堂々とした琴をつくり、その弦が、天才の手に触れて鳴り響かないものだろうか。)

東京美術学校(現在の東京芸大)や日本美術院の設立に関わり、
美術家育成に尽力した天心の想いがつまった名文だ。

"Teaism was Taoism in disguise."

茶道は変装した道教である。)

日本の文芸にあらわれる「~道」の「道」は中国からやってきた。
「道」は中国語では「タオ」と発音し、その来歴はざっと以下の5つ。

  1. 老荘思想を背景にした無為自然
  2. 仙人的な生き方に憧憬する神仙思想
  3. 易や陰陽五行を背景の原理にした陰陽思想
  4. 占星術者や予言者などの神秘思想
  5. 地勢を占う風水思想

日本では禅に編集され、老荘思想だけが「道」の背景に残っていそうだ。

"Taoism furnished the basis for aesthetic ideals, Zennism made them practical."

(道教が茶道に審美的な理想の基礎を与え、禅がこれらの理想を実践的なものにした。)

また「茶の本」が書かれた当時の世相を表す一文として、

"The average Westerner was wont to regard Japan as barbarous while she indulged in the gentle arts of peace : he calls her civilised since she began to commit wholesale slaughter on Manchurian battle fields."

(西洋人は日本が平和のうちに穏やかな芸術にふけっているときは「野蛮国」とみなし、日本が満州で大量殺戮をはじめて以来、「文明国」と呼んでいる。)

1900年前後(日清・日露戦争)が日本の分かれ道だった。
多くの知識人が失われゆく日本の面影に焦燥感から、
英語で日本の美意識を世界に発信しようと試みたんだ。
武士道」や「代表的日本人」も含め、日本人必読の3冊。

"He only who has lived with the beautiful can die beautifully."

美しきものとともに生きてきた人だけが、美しく死ぬことができる。

「茶の本」の最終章・後半部は、千利休の最期が描かれる。
その中でもっとも目をひく一文はこれ。
生きているかぎり、自分なりの美を追求していたいね。

コメント

  1. この記事を拝読し、「茶の本」購入することにしました。
    この時代の、粋さ は、いいですね。
    >(西洋人は日本が平和のうちに穏やかな芸術にふけっているときは「野蛮国」とみなし、日本が満州で大量殺戮をはじめて以来、「文明国」と呼んでいる。)
    大笑いしました。
    そしてそれを、上等舶来思想で、拝み奉っている構図は今も変わっていないのかもしれない。

  2. まろ@管理人 より:

    ぜひ「茶の本」「代表的日本人」もセットで読んでください。
    日清・日露戦争前後は、日本史の分岐点でその頃書かれたの本、とくに「日本はこういう国のはずなんだ!」と世界に訴えかけた名著は必読です。
    ・内村鑑三「代表的日本人」(1894年)
    ・新渡戸稲造「武士道」(1900年)
    ・岡倉天心「茶の本」(1906年)

  3. かまたり より:

    >(西洋人は日本が平和のうちに穏やかな芸術にふけっているときは「野蛮国」とみなし、日本が満州で大量殺戮をはじめて以来、「文明国」と呼んでいる。)
    ・・・は西洋人が文明をどうとらえているかを表していますね。
    文明と芸術・文化・美とは対極にある、あるいは無関係に存在するということでしょうか。
    過去の芸術作品を見ると、現代では到底及ばない精神の高さ、美意識、を感じることがあり、現代人が古代人より進化しているとは決して思えないのです。
    特に人間の五感は文明が進化すると、それに反して退化しているのではないでしょうか。
    岡倉天心の「茶の本」、今の人にこそ読んで頂きたいと思います。
    生活芸術が失われていく・・・今が最後のチャンスかも。

  4. まろ@管理人 より:

    > 人間の五感は文明が進化すると、それに反して退化しているのではないでしょうか。
    ここからふと思い出したこと。
    以前、ハンナ・アレントという20世紀の政治思想家の本を紹介したことがありますが、
    http://www.pixy10.org/archives/18552025.html
    この人の考える世界危機はだいたい3つあり
    1. 大衆社会の危機…他人に倣い烏合の衆となる。(オルテガ「大衆の反逆」も同様の指摘)
    2. 消費だけが文化になる危機…「保存の意志を失った人間生活」の危機。
    3. 世界を深く理解しようとしない危機…五感を統合する「共通感覚」の欠如
    これが私たちの「思考欠如」につながり、
    「技術的知識という現代的意味での知識と思考とが、真実、永遠に分離してしまうなら、私たちは機械の奴隷というよりはむしろ技術的知識の救いがたい奴隷となるだろう。」
    という予言をしています。
    このあたりうまく編集できたら記事にしますね。