古典に残された災害の記憶

「ゆく川の流れは絶えずして」で始まる鴨長明方丈記」は災害の史料。
1177~85年にかけて都を襲った火災・竜巻・飢饉・地震の記憶なのだ。
長明は、平家滅亡から3ヶ月後の1185年に京都を襲った大地震をこう記す。

山くづれて川を埋み、海かたぶきて陸をひたせり。土さけて水わきあがり、いはほわれて谷にまろび入り…

そして時とともに、その記憶が風化していくことを嘆いた。

人皆あぢきなきことを述べて、いささか心のにごりもうすらぐと見えしほどに、月日かさなり年越えしかば、後は言の葉にかけて、いひ出づる人だになし。

今年、東北地方を襲った東日本大震災。
和歌に詠み込まれた貞観地震(869年)の記憶がよみがえった。
まずは905年に編さんされた古今和歌集から2首、紹介しよう。

名取川 瀬々の埋木 あらはれば いかにせむとか あひ見そめけむ

仙台市を流れる名取川が詠み込まれた恋の歌(650)。
津波で木々が名取川を逆流する光景が重ねられているように見える。

また周辺が浸水する中、津波を免れた多賀城市の「末の松山」。
東歌の陸奥歌として列挙される一首(1093)に詠われている。

君おきて あだし心を わが持たば 末の松山 波も越えなむ

あなたを差しおいて、他の人を好きになるなんて、ありえないよ。
これ以降「末の松山を波が越える」はありえないことへの比喩表現に。
後の時代で有名なのは、清少納言の父、清原元輔の(百人一首42)

契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは

末の松山を波が越えないのと同じで、2人の愛も変わらない、と誓ったのに。
子供の頃、誰もが触れた百人一首に東北の津波の記憶が残っていたのだ。

災害の記憶を折り込んだ和歌や、この世のはかなさを語った随筆…。
日本は古来より、地震や台風、火山の噴火といった自然災害が多いから、
やはり日本文化の背景には、災害の記憶が動いているんだね。