家庭との同化を目指したホテル/森裕治「山の上ホテルの流儀」

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「Go to トラベル」の都民割が追加されると聞いた時に、
真っ先に思い浮かべたのが「山の上ホテル」。

客室数が35室に対して7つのレストランとバー。

客室に対して飲食店の数が妙に多く、
「てんぷら山の上」は、近藤、楽亭、深町、前平などなど
天ぷらの名店を次々と輩出している。

ホテルなのか、レストランなのか、ちょっと不思議な存在だ。

天ぷら好きの私は本店はもちろん六本木や銀座でも山の上を堪能したが、
ホテルに宿泊したことは一度もないから、気にはなっていた。
だからこの機会に止まってみたいと思ったものの、
東京在住で東京のホテルに泊まるのは、やはり気が進まないもの。

代わりにこんな本を手に取った。

著者は創業者の孫にあたり、山の上ホテルの社長を務めた人物。

やはり創業者の吉田俊男が「食」に対するこだわりが強かったから、
レストラン重視のホテルができあがったようだ。

「食こそ美の美であり、これに比すれば、美人など数段下ります。旨さうなにほひが台所から流れ出る時、そっとのぞきに行かない様な方は先ず自分の頬でもつねってみて、死んでいないかどうか確かめて頂きたいもの。生きるために食ふなどとは嘘も大嘘で、人間は本来うまいものを食ふためにそこに生きるもの」

また自分の誕生日には全従業員を招いた豪華なパーティーを開催。
ポケットマネーで1人あたり3万円の食材費を料理長に渡していたという。
たしか辻調グループの創業者、辻静雄も似たことをしていた。
料理人のやる気と技術向上にお金を惜しむべからず、ということだね。

また本書には吉田俊男が書いた広告コピーが掲載されている。

ごはん一食 一夜の安眠は明日の「いのち」を約束するもの

だからみんな言い知らぬ誇りを

この仕事に持っています

ただ一夜のお宿でもよい食事と安眠で

元気なあなたを取り戻される様に

私達は一生懸命です

家庭の延長・拡大解釈した内側に山の上ホテルを位置づけ、
本物の家庭のような環境づくりを目指していたようだ。
このホテルが池波正太郎をはじめとする作家に愛されたのは、
自宅よりも執筆活動に集中しやすい環境だったからなのかもしれない。

今春はCOVID-19の襲来により、ステイホームが叫ばれ、
ホテルや飲食店は臨時休業を余儀なくされ、今も苦境が続いている。
でもこの業種は大なり小なり家庭を肩代わりする目的を持っていたはず。
このあたりの矛盾がなんだかモヤモヤするのだった。

山の上ホテルの流儀
河出書房新社
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