瀬戸内寂聴「いま、釈迦のことば」

この記事は約2分で読めます。

なぜか私の周りで釈迦仏陀)が流行っている。

わずか1週間の間に2人から

  • 手塚治虫の「ブッダ」を読んでインドの勉強します!
  • 釈迦を学ぶなら中村元の本がお薦めです!

なんて話をされ、知を求む人に囲まれていてなんか幸せ。

でも、私自身は釈迦ついて知ってることといえば、

  • 一切皆苦(この世はすべて苦しみであり)
  • 諸行無常(この世はうつろいゆくのだから)
  • 諸法無我(自分自身でさえどうにもならない)

を知り、執着を捨てれば、

  • 涅槃寂静(澄んだ境地に至るだろう)

と人間が知るべき真理を説いた人、というところだろうか。

このほかにどんな言葉を遺しているのだろう?

という調子で、まず初めに手にとったのが寂聴さんの本。

釈迦の言葉を紹介して、その後に解説を付ける構成になっている。

世間の一切のものは虚妄であると知って、貪りを離れ、怒りや憎悪を離れ、迷妄を離れて生きよ。

世の中は泡沫の如しと観よ。世の中は陽炎の如しと観よ。

前者が一切皆苦、後者が諸行無常にあたるのかな。

日本文化の無常の来歴を辿れば釈迦に行き着くのだろう。

※日本で最初に無常を書き残したのはたぶん聖徳太子

多くを説くからといって、彼が賢者ではない。心おだやかで、うらむ心なく、恐怖のない人こそが賢者と呼ばれる。

死ぬよりも前に、妄執を離れ、過去にこだわることなく、現在においてもくよくよと思いめぐらすことがないならば、未来に関しても、特に思いわずらうことはない。

利益を欲して学ぶのではない。利益がなかったとしても、怒ることがない。妄執のために他人に逆らうことがなく、美味に耽溺することもない。

こうして読むと、賢者への道は険しいね。

遊び心を追求するだけじゃ、賢者になれそうにない。

なんせ私は生涯、美味に耽溺するつもりだから(笑)

いま、釈迦のことば (朝日文庫)
朝日新聞出版
¥230(2024/12/05 07:35時点)

コメント

  1. 赤大将 より:

    知を探求し、そして悟りの境地に近づくことができた者が賢者
    ですか…。
    なら私も賢者になんてなりたくないや(ってかなれないけど)
    数寄者を目指しましょうかね。
    知を求め、足るを知り、無常を知り悟る→賢者
    知を求め、身の程を知り(足るを知り)、しかし欲望に忠実に
    生きる道を選ぶ→数寄者
    といった感じでしょうか。

  2. まろ@管理人 より:

    あ、そうだ!
    私、年初に「数寄者」を目指す!って宣言したんでしたね(笑)