確信は罪/映画「教皇選挙」

この記事は約1分で読めます。

映画好きの妻に連れられて「教皇選挙」を観てきた。

選挙を取り仕切る首席枢機卿(この映画の主人公)が、
世界各国から集まった枢機卿に語った内容が印象的だった。

正確には思い出せないけど、

  • 確信を求めてはいけない
  • 疑念を持ち続けることが大切
  • 不確実を受け入れよ
  • 疑念と不確実こそ信仰の源

というような内容だった。

かなり昔に読んだ、物理学者リチャード・ファインマンの著作に、
同じ内容を目にしたような記憶があり、AIに尋ねてみると、

「答えることのできない疑問を持つ方が、疑うことのできない答えを持つよりもよい。」

「自分の無知を知り、疑問の余地を残すということ、これこそ最も重要なことである。」

「科学とは、専門家が無知であると確信することである。」

科学は常に疑問にさらされ続けることによって発展してきた。
私の頭の中にあるカトリックのイメージ(歴史的な背景)と、
科学の話に似た映画のセリフのギャップが印象的だった。

そういえば投資でも断言している人の話のほとんどは、
詐欺か強い思い込みだから、耳を傾けるのが無駄な雑音だ。
まぁ資本主義の是非が問われていたりするのだから、
その土台に乗っている金融市場に確信が持てなくて当たり前かな。

そして人生の楽しさは、分かりそうで分からないことに出会い、
それを考え続けることで思考の変化を楽しむことにあると思う。

確信は罪。

コメント