欲と偽善のサステナビリティ 「倫理的正しさ」がつくる新たな階級社会

この記事は約2分で読めます。

サステナビリティという概念が、本来の生態系危機への対処から離れ、
表面的な正しさがもたらす偽善と格差の再生産にすり替わっている!
そんな指摘をした一冊。

著者が特に批判しているのは、「何を買うか」や「何を食べるか」といった
個人の購買選択を通じて環境を救おうとする考え方を振りかざすこと。
そしてこの手の階層の人々を「サステナビリティ・クラス」と名付ける。

高価なエコ商品を買える財力が、自らの倫理的な正しさの証明にすり替わり、
それを買えない層を「道徳的に劣っている」と見下す、暴力性を秘めている。

そしてサステナビリティ・クラスの「クリーン」な暮らしの裏側では、

  • 環境にやさしい都市づくりによって、不動産価格が高騰し、元々その土地に住んでいた低所得者層が追い出される。追い出された人々が郊外で車移動を強いられ、社会全体の環境負荷がかえって増大している。
  • EV用のレアメタル採掘やカーボンオフセットの名の下、グローバルサウスの土地が奪われ、環境破壊が押し付けられている。

過剰生産・消費を続ける現在の社会構造の根本原因を覆い隠し、
そこそこお金に余裕がある消費者の罪悪感を購買意欲へと転換することで、
資本市場を通じてますます超富裕層に資産が集まる仕組みになっている。

個人レベルの消費行動の倫理的な正しさを追求するのではなく、
階級構造そのものを変える闘争こそが、本来のサステナビリティであると。

雰囲気的には斎藤幸平さんの「人新世の資本論」に似た感じかなと思ったら、
この本の帯書きを寄せているのが斎藤さんだった。
(図書館で借りて読んでいたからAmazonのサイトを見て初めて気づいた)

簡単にまとめると、そもそもの問題は「富の集中」っことだよね。
それを正当化するために「サステナビリティ」が利用されてしまった…。
まぁ、お金が絡むと当初の理想や目的が形骸化するのはよくあること。

Amazon.co.jp: 欲と偽善のサステナビリティ 「倫理的正しさ」がつくる新たな階級社会 : ヴィジェイ・コリンジヴァディ, アーロン・ヴァンシントジャン, 保科 京子: 本
Amazon.co.jp: 欲と偽善のサステナビリティ 「倫理的正しさ」がつくる新たな階級社会 : ヴィジェイ・コリンジヴァディ, アーロン・ヴァンシントジャン, 保科 京子: 本

コメント