マイケル・ジャクソン。アメリカが文化的な覇権国家になった1980年代の象徴。

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マイケル・ジャクソンの伝記映画「Michael」を観てきた。

映画『Michael/マイケル』
『ボヘミアン・ラプソディ』製作陣とアカデミー賞監督が贈る 音楽の歴史を変えた“キング”の物語

私は1978年生まれなので、小学生の頃がマイケルの絶頂期なのかな。
ちょうど「スリラー(1982)」から「BAD(1987)」のあたり。
ムーン・ウォークを真似する遊びが流行っていた記憶がある。

そんなことを思い出しながら、なんとなく思いついたこと。

アメリカ文化が歴史的な頂点に達したのは1980年代で、
それを頂点に20世紀の間は文化的な覇権国家だったのではと。

マイケル・ジャクソンだけでなく、映画界に目を向けると、

  • SF映画…スター・ウォーズ(1977~)、インディー・ジョーンズ(1981~)、E.T.(1982)、バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985~)
  • アクション映画…ランボー(1982~)、ターミネーター(1984)、トップガン(1986)

このあたりの映画が未だに日本のテレビでも再放送されていたりする。

最近の映画界を見てみると、2010年代以降の日本の映画興行収入は、
洋画より邦画の方が上回っており(2025年の邦画シェア75.6%)、
ハリウッド映画への関心は20世紀後半とは比べ物にならないほど低下した。

そして先日物議をかもしたワールドカップ決勝のハーフタイムショー。
アメリカをアピールするはずの舞台で、韓国スターBTSの出演が、
音楽界におけるアメリカの独占状態は過去のものであることの象徴。

文化的な魅力が優秀な人材を世界から惹きつける土台だとしたら…

そんなことを考えつつ、S&P500の歴史的な推移を振り返ると興味深い。
ベトナム戦争(1955~75)の間、横ばいが続いていた株価が、
長期的な上昇に転ずるのが、ちょうど1980年代の半ばから。
今流行の「S&P500に投資しておけば間違いない!」は意外と歴史が短い。

21世紀に入ってからのアメリカは、コンテンツ創造の覇権国ではなく、
コンテンツが流通・集積するプラットフォームの支配国となっている。
金銭的には魅力的な国であり続けているが、それだけでは…

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