1990年代生まれの執筆者と編集委員を中心につくられた、
人文系の雑誌「ゲンロンy」(2026年3月創刊)。

もともとは「瀬戸内海未来主義」の特集を読みたくて買ったのだが…
創刊号に掲載の座談会「令和カルチャーって、なに」の中で、
令和カルチャーを代表するコンテンツとして挙げられているのが、
「ちいかわ」
街でキャラクターを目にしたことはあったが、
ここで語られている「!?」なポイントを抜き出すと、
- ちいかわは「現代社会論」である
- 「なんかちいさくてかわいいやつ(ちいかわ)」が「なんかでかくてつよいやつ(でかつよ)」を討伐する。討伐に成功すればお金をもらえて、失敗するとでかつよに殺されたり、食べられたりする。
- ちいかわ=労働者、でかつよ=資本家の消費社会の物語。
- 表面上は「小さくてかわいい私を認めて」という弱さを肯定する物語に見えるが、深層には「ちいかわになるな」という批判が込められているのでは?
どういうこと?と興味を惹かれて、Prime Videoで見始めた。
第1シーズンのエピソード15前後から、おや?という展開があり、
このまま見続けていくと、上記のような姿が見えるのだろうか。
世間に後れを取るうちに、この夏公開のちいかわの映画が好評で、
アニメ映画界の化け物「名探偵コナン」並みの興行収入も?
というようなニュースを目にした。(東宝の株価も上昇)

ただそれとともに映画の評価・感想に気になる話が…。
子供の付き添いで映画へ行って、初めてちいかわを観た大人が、
なんとも言えない気持ちにさせられる内容とのこと。
やはり現代社会論なのか? とんでもなく気になってきた。。。
以前、名探偵コナンの毛利蘭役の山崎和佳奈さんの死去に際して、
映画の経済効果ゆえに完結させることが難しいと指摘する記事を目にした。
『コナン』シリーズの特異さはその「毎年必ず大ヒットする」という興行の常識を覆す安定性に加えて、収益性にもある。ジブリ作品や近年の『コナン』と近い140億台の興行収入を続けている新海誠作品のエンドロールに並ぶ膨大なスタッフの数、映画の中で投じられている映像コストと比較すれば、業界人ならずとも毎年公開される『コナン』の作画コストが低いというのは否応なくわかる。そしてその高い収益性は日本テレビや東宝、つまり日本の映画産業の根幹を支える企業に還元され、「『コナン』以外の作品」を支える資金源になっているのだ。(文集オンラインより)
もしも、ちいかわがコナンに匹敵する存在になれたなら、
作画コストはコナン以上に低いだろうから…
なんてことを考えると、日本のコンテンツ産業の行方を占う上で、
ちいかわは放っておいてはいけない存在なのでは?
Amazon Primeでちゃんと続きを見なければ。


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