リチャード・ローティの「偶然性・アイロニー・連帯」。
2012年の松岡正剛さんのイベント「連塾 本の自叙伝」で知って、
手に取ってみたものの、まったく理解できずに挫折した一冊。
あの頃はリーマン・ショック(2008)に東日本大震災(2011)と、
いわゆる巨大な「想定外」を続けて目の当たりにしたことで、
「偶然」と名の付く本は片っ端から読んでみたかった時期。
あれから十数年。ふたたびローティに触れる機会を得た。
2024年放送のNHK「100分de名著」のテキストが土台とのことだが、
毎回欠かさず見ている番組のはずが、まったく記憶にない…。
ローティの説いた「偶然性」について少し理解できた気がするので、
ざっと箇条書きでまとめておくと、
- ローティは歴史主義を支持。歴史主義とは、世界には永遠不変の真理や究極の本質などというものはなく、歴史の中で変わり続けるもの、という主張。
- 歴史的な産物である「ことば」は自己を表現することに欠かせない。ならば私たちの自己のありようもまた偶然的な存在。よって私たちの社会形態である「リベラル・デモクラシー(自由民主主義)」もまた、偶然の産物である。
- 「ことば」の抽象度を上げて真理に近づこうとするのではなく、並列的な言い換え(再記述)によって、可能性を広げていくことが、ことばの偶然性を認めるということ。※伝統的な哲学の否定、真理より言語実践が大事という主張。
- 自己や社会の偶然性を認識すれば、目的や価値観はバラバラでも、互いに偶然的な存在であるからこそ、なにかしら一緒にやっていくことができる(「連帯」)、という可能性が出てくる。
自己の偶然性については、九鬼周造の「いきの構造」ともつながるのかな。
恋愛の中に自己と他者との根源的なあり方を見出し、
人と世界が交わる時に起きる偶然とどう向き合うか?
と探求しているように読めるから。(九鬼といえば「偶然」の哲学だし)
私たちは自分と世の中との関係を固定して安心を得ようとする。
でもそれでは互いの「正義」を掲げての殴り合いにつながりがち。
だから、万人に共通の正義を求めたり、私的な正義を公に持ち込んだりせず、
自己と社会との関係のゆらぎをそのまま受け入れることが大切ってことかな。
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