文字が記憶と知恵の足かせに? プラトン「パイドロス」がAI時代に問いかけること

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プラトン読書シリーズの続き。今回は「パイドロス」。

文字の発明について批判した部分だけ読んだことはあったが、
実は通しで読んだことがなかったので、ふたたび手に取った。
やっぱり末尾の文字にまつわる記述が興味深かった。

ここで登場する文字の功罪をめぐる議論は、
そのまま最先端のテクノロジー批判として読み替えると、
現代社会に対して示唆に富んだ内容になっている。

ソクラテスがエジプトの二人の神様、
テウト(トト)とタモス(アモン)の対話を紹介する。

文字こそが記憶と知恵の秘訣」と説く神テウトに、
もう一人の神、タモスが反論をはじめる。

「人々がこの文字というものを学ぶと、記憶力の訓練がなおざりにされるため、その人たちの魂の中には、忘れっぽい性質が植えつけられるだろうから。それはほかでもない、彼らは、書いたものを信頼して、ものを思い出すのに、自分以外のものに彫りつけられたしるしによって外から思い出すようになり、自分で自分の力によって内から思い出すことをしないようになるからである。じじつ、あなたが発明したのは、記憶の秘訣ではなくて、想起の秘訣なのだ。」

文字にすることで、安心して忘れることができてしまう。
人々から記憶する力、記憶したものを思い出す力を奪ってしまう。

「あなたがこれを学ぶ人たちに与える知恵というのは、知恵の外見であって、真実の知恵ではない。すなわち、彼らはあなたのおかげで、親しく教えを受けなくても物知りになるため、多くの場合ほんとうは何も知らないでいながら、見かけだけはひじょうな博識家であると思われるようになるだろうし、また知者となる代りに知者であるといううぬぼれだけが発達するため、つき合いにくい人間となるだろう。」

だから「文字から生まれる知恵は真実の知恵ではなく、
見かけだけの博識家を生むだけではないか」とタモスは諭す。

文字により単に記憶力が後退することが問題なのではない。
過去の知恵を思い出し、議論を通じて理解を深める思考法から、
書かれた文字に基づいて意見を述べる思考法に変わってしまうこと。

ここでの対話の「文字」を「AI」や「Google検索」に置き換えると…。
まるで現代の風景が予言されていたかのような錯覚に陥る。

またこの神々の対話を紹介した後でソクラテスは、
文字は問いかけても答えないという欠点も指摘している。

「書かれた言葉もこれと同じだ。それがものを語っている様子は、あたかも実際に何ごとかを考えているように思えるかもしれない。だが、もし君がそこで言われている事柄について、何か教えてもらおうと思って質問すると、いつでもただひとつの同じ合図をするだけである。」

これに関しては、対話型AIの登場で解決したのだろうか?
むしろ、私たちを新たな依存の沼に引きずり込んでいるのか?

また上記に続く、文字の欠点の指摘に関しては、
現代のSNS炎上を示唆しているような内容になっている。

「それに、言葉というものは、ひとたび書きものにされると、どんな言葉でも、それを理解する人々のところであろうと、ぜんぜん不適当な人々のところであろうとおかまいなしに、転々とめぐり歩く。」

人類が文字を発明したときから、記憶の外部化がはじまり、
そして今、私たちはAIを使って思考そのものを外部化しようしている。
私たちがAIに投げかける質問は「自分の思考」から生まれているのか。
意識して自らの「問う力」を鍛える努力が必要な時代なのかもしれない。

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