昔よりも技術が向上し、便利な世の中になっているはずなのに、
私たちが時間に追われ続けているのはなぜなのか?
世の中の変化のスピートが早くなっているから、とよく言われるが、
ハルムート・ローザ「加速する社会」が詳しく分析している。
2005年に出版された一冊で、ローザは加速を危機と捉える一方で、
その後登場するニック・ランドの「加速主義」は、
加速を人間中心主義的な古い価値観を突破する好機と捉えている。
だから今読むにはちょうどいい本なのかなと。(分厚くて難しいけど…)
著者は現代社会における「加速」を単一の現象ではなく、
相互に関連し合う3つのカテゴリーに分類している。
- 技術的加速…交通、通信、生産技術の速度向上。物理的な空間の障壁がなくなるという「空間の収縮」が起きる。
- 社会変動の加速…現在の文化や社会構造が変化していくスピードが向上し、一生のうちに前提となる技術や価値観が何度も更新される。特定の経験や知識が将来にわたって安定的に通用しなくなる「現在の収縮」が起きる。
- 生活テンポの加速…技術の向上で同じ時間内にできる行動や体験が増加し、「時間が足りない」という感覚をもたらす。
そしてこの3つの加速が互いに拍車をかけ合う「加速循環」が起きている。
- 「技術的加速」によって、社会の仕組みやコミュニケーション方法が変化する
- その結果「社会変動が加速」し、人々は変化に取り残されるという不安を感じるようになる
- 不安を解消するために、より多くのことをこなそうとして「生活テンポを加速」させる。
- その需要に応えるため、さらなる時間短縮のための「技術的加速」が求められる……という無限ループが形成されていく。
また資本主義経済が他者に対して時間的優位を獲得し、
それを活用することで利益獲得につながる仕組みだから、
技術的加速のさらなる加速を要求してくる。
以上のような加速する社会の終着点として、
著者は「超高速静止」という概念を提示している。
「本質的なものは何も変わらないにもかかわらず、そのままの状態に止まるものは何もない。」
社会的な加速は、より良い未来を構築するものではなく、
単に現状を維持するための防衛的な手段となってしまう。
超高速で動き回っているのに、どこにもたどり着けない…。
その結果、私たちは未来に希望を持てなくなっていく。
著者は「日本語版への序文」(日本語版は2022年出版)の中で、
その後の著作で「共鳴」という解決策を示していることに言及。
単なるスローライフは再加速するための充電にしかならず、
重要なのは遅さではなく、人と世界との関係の質であると。
「共鳴とは、触れること、自己効力感、変容、意のままにならなさという要素からなる「関係づけられた」関係、ないしは生き生きした関係」
完全には理解できないが、荘子の「遊」が求められる時代ってこと?

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