日本人のコミュニケーション能力不足の文化的背景

日本人はコミュニケーション能力が低いとされるが、
その原因を日本の文化や歴史に求めることはできるのか?

という問いに対して、思いつくままに書き綴ってみる。

言挙げせぬ国

無文字社会が長かった古代日本では言葉の威力が極めて強かった。
人が口から発する「音」に霊力が宿るという考え方だ。

古事記において、自分の名を知られた途端に相手の支配下におかれる、
といった物語が描かれ(神武天皇の大和平定、雄略天皇の葛城山平定など)、

蘆原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国…

という和歌が万葉集にも見られる。
むやみに言葉を発せずに霊力を養うのが大切と考えられ、
諸外国に比べて口数が少ない日本人の原点なのかもしれない。

寄物陳思

万葉集の表現形式に「寄物陳思」というものがある。
文字通り「物に寄せて思いを陳べる」ことで、物に想いを託す和歌。
想いを直接的に表現する「正述心緒(正に心緒を述べる)」と比較される。

寄物陳思の思考法は、対象物を直接鑑賞するのではなく、
何かしらのフィルターを通すことが美しいといった意識に広がり、
水面に映った月を和歌に詠む、というようなものが代表例だろう。
※以下は西行「山家集」より

むすびあぐる 泉にすめる 月影は 
手にもとられぬ 鏡なりけり

むすぶ手に 涼しき影を 慕ふかな 
清水に宿る 真夏の夜の月

また受け手が想像力に任せる「幽玄」や「枯山水」といった方法も、
直接的な表現を嫌ったものに類されるだろう。

つまり日本の美的表現はまわりくどい。がしかし表現できる世界は幅広い。

黙読文化が定着が早かった

かつてマクルーハングーテンベルクの銀河系」が指摘したことだが、
15世紀のグーテンベルクの「活版印刷」術の普及をきっかけに、
私たちの世界観は聴覚中心から視覚中心の世界への転換したのだという。

写本など人が介在して出版がされた頃は音読していたが、
書物が機械的に印刷されるようになって、
声を出さずに黙読することが主流になったことが背景にある。

印刷の歴史を調べると、興味深い事実に出会う。
現存する世界最古の印刷物は、なんと日本の「百万塔陀羅尼」(770年)。
日本では中国経由で早くから木版印刷が寺院を中心に盛んだった模様。

また夢窓疎石と足利直義の問答集「夢中問答集」(1344年)は、
カタカナの混じりの初めての印刷本として知られている。

平安時代末期の今様を編纂した「梁塵秘抄」(1180年頃)。
今様とは今で言うところの「ポップス」や「流行歌」のこと。
そして梁塵秘抄という名をそのまま現代語に意訳するならば、

妙なる歌の響きで梁(はり)の上に積もる塵(ちり)さえも動く

それほどまでに心を揺さぶる歌だったにも関わらず、
その音楽感覚は時の流れとともに忘れ去られてしまう。
梁塵秘抄が編まれてから約150年後の「徒然草」(1330年頃)では、

梁塵秘抄の郢曲の言葉こそ、また、あはれなる事は多かめれ。昔の人は、ただいかに言ひ捨てたる言種も、皆、いみじく聞ゆるにや。」(14段)

今様の旋律ではなく言葉への感心が書かれており、
音読文化から黙読文化への転換が、西洋より200年近く早かったようだ。
これも何かしら関係している可能性がある。