希望の党の失速がもたらした未来への希望

10月24日まで続いた日経平均連騰の最長記録は16営業日でストップした。

これほど連騰が続いた要因を考えることは後知恵にすぎないが、
22日投票の衆議院選に向けての「希望の党」の失速が背景にあるのではと。

1989年にはじまった平成時代における内外からの日本への失望といえば、
バブル崩壊後の経済的な面はもちろん、政治的な混乱もあげられるだろう。

政治の世界では1992~93年の日本新党ブームを皮切りに、

  1. 不安定で短命な内閣は政策課題を解決できず問題を先送りにする。
  2. 有権者の政治不信が高まり、政党と有権者の結びつきが緩くなる。
  3. 政党制や政党組織も不安定化し、新党ブームが起きる。
  4. 不安定で短命な内閣が生み出される。(→1.へ戻る)

という負のスパイラルが止まらなかった。

ようやく落ち着いてきたところで都民ファーストの会や希望の党が現れ、
まだまだ混乱が続くのか?と思いきや、衆議院選挙前に失速していった。

一時の人気とりのために選挙に合わせて急造された政党や、
哲学なしに人気がありそうな政党にすり寄る政治家に対し、
私たち国民の多くが票を投じなかったことは明るい材料だ。

サミュエル・スマイルズの不朽の名著「自助論」。
この中に政治は国民を映す鏡であると指摘した一節がある。

一国の政治というものは、国民を映し出す鏡にすぎません。政治が国民のレベルより進みすぎている場合には、必ずや国民のレベルまでひきずり下ろされます。反対に、政治のほうが国民より遅れているなら、政治のレベルは徐々に上がっていくでしょう。国がどんな法律や政治をもっているか、そこに国民の質が如実に反映されているさまは、見ていて面白いほどです。これは水が低きにつくような、ごく自然のなりゆきなのです。りっぱな国民にはりっぱな政治、無知で腐敗した国民には腐りはてた政治しかありえないのです。

希望の党の騒動を通じて、日本という国の成熟が確認され、
内外の投資家の日本に対する期待感が日経平均の連騰につながった。

そんな日本の未来に希望が持てる捉え方をしてみたい。