半藤一利「日本のいちばん長い日(決定版)運命の八月十五日」

今日8月15日は日本がポツダム宣言を受諾し第二次世界大戦が終結した日。
歴史の教科書では1,2行であっさりと書かれているが…。

1945年8月14日午後1時から翌15日正午の玉音放送に至る1日を描いた一冊が、
AmazonのKindle版で今月限定のセール対象になっている。

ドラマ化されたものをテレビで見たこともあるが、
先ごろKindleの端末を購入したこともあり、この機会に原作を読んでみた。

昭和天皇や鈴木貫太郎首相をはじめとする内閣関係者はもちろん、
徹底抗戦を主張して実力行使に走る若手将校たち、
玉音放送に関わった放送関係者やその録音盤を守った天皇の側近など、
さまざまな登場人物の視点から激動の1日を鮮やかに再現している。

史料として残らなかった歴史は時とともに色あせるものだから、
この本は名著であると同時に貴重な歴史史料として読まれ続けるだろう。

著者が脚注に書いた鈴木首相に対する評価が興味深く、
この人だからこそ終戦への道筋が立てられたのだろうと感じられた。

国民的熱狂というクレージーになっていたあの時代に、並の政治的手腕なんか役に立たなかった。政治性という点だけからみれば、もっと人材はいたことであろう。岡田啓介、近衛文麿、若槻礼次郎、木戸幸一。その人びとに鈴木さんはとても及ばなかった。むしろ政治性ゼロ。しかし、その政治性ゼロの政治力を発揮できた源は何か、といえば、無私無我ということにつきる。”私”がないから事の軽重本末を見誤ることがなかったし、いまからでは想像もつかぬ狂気の時代に、たえず醒めた態度で悠々としていられたのである。

なぜ鈴木首相は無私無我の境地に達することができたのか。
やはり二・二六事件(1936年)で、頭や胸に銃弾を浴びながらも、
奇跡的に命を取りとめたことが背景にあるのだろう。
そんな人物がこの時、首相だったという幸運。

また当初は降伏に反対しながらも、昭和天皇の降伏の意向を確認した後は、
陸軍内の徹底抗戦派に耳を貸さなかった阿南惟幾陸軍大臣の存在も大きい。

江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜が大政奉還したときもそうだったが、
後から振り返ると、ここで決断しなければ国が分断されていたかも、
というタイミングに人物が揃うのは歴史の不思議だ。