長谷観音に願いをかけて/百人一首74「初瀬の山おろし」

うかりける 人を初瀬の 山おろし 
はげしかれとは 祈らぬものを

金葉和歌集の撰者、源俊頼(1055~1129)の一首。

初瀬は現在の奈良県桜井市の地名でもあり、
この地の長谷寺に祀られる十一面観音は古来より信仰の対象。

平安時代の古典の中に多数登場し、
たとえば清少納言「枕草子」ではこう描かれる。

市は辰の市。里の市。海石榴市。大和にあまたある中に、長谷に詣づる人の必ずそこに泊るは、観音の縁あるにやと心ことなり。」(枕草子14段)

また百人一首の紀貫之の和歌は長谷詣でにちなんだもので、
長谷寺の境内には「貫之の梅」と呼ばれる梅の木があるという。

人はいさ 心も知らず ふるさとは 
花ぞ昔の 香ににほひける

もちろん貴族だけの信仰の対象ではなく、
昔話の「わらしべ長者」も長谷観音への参拝から話がはじまることから、
庶民の間でも長谷詣でが盛んだったことが伺い知れる。

というわけで俊頼もまた長谷観音に恋の成就を祈ったのだが、
山から激しく吹きおろす「山おろし」のような結末に…。

ちなみに丸谷才一「新々百人一首」では、
この地の気象変化の著しさが詠われた和歌が多いことが指摘され、

桜咲く たかねに 風やわたるらん 
雲たちさわぐ 小初瀬の山

はつせやま 雲居に花の 咲きぬれば 
あまの川波 たつかとぞ見る

春ふかき 花の梢に 風おちて 
雲ふきはらふ 小初瀬の山

といった風の強さを詠んだ和歌が紹介されている。
(順に藤原兼実、大江匡房、慈円)

オマケで長谷寺の読み方には「ちょうこくじ」という別称もあり、
一説によると初瀬「はつせ」の読みが「はせ」と変化し、
それが長谷寺「はせでら」という読み方につながったのだという。

東京に住んでいると長谷寺というと鎌倉のイメージだったけど、
奈良へ旅行に出かけたら初瀬の長谷寺への参拝は外せないね。