長谷観音に願いをかけて/百人一首74「初瀬の山おろし」

うかりける 人を初瀬の 山おろし 
はげしかれとは 祈らぬものを

金葉和歌集の撰者、源俊頼(1055~1129)の一首。

初瀬は現在の奈良県桜井市の地名でもあり、
この地の長谷寺に祀られる十一面観世音菩薩は古来より信仰の対象。
ここの菩薩像は1538年のもので奈良の仏像の中では新しい方だ。

また東京に住んでいると長谷寺と言えば鎌倉の長谷寺がおなじみだが、
聖武天皇の時代(722)に開山とされる奈良の長谷寺が総本山になる。

平安時代の古典の中に多数登場し、長谷詣が盛んだったことが伺い知れる。
たとえば清少納言「枕草子」ではこう描かれる。

市は辰の市。里の市。海石榴市。大和にあまたある中に、長谷に詣づる人の必ずそこに泊るは、観音の縁あるにやと心ことなり。」(枕草子14段)

また百人一首の紀貫之の和歌は長谷詣にちなんだもので、

人はいさ 心も知らず ふるさとは 
花ぞ昔の 香ににほひける

長谷寺の境内には「貫之の梅」と呼ばれる梅の木があった。
※写真が暗くて見えないが立て看板に貫之の和歌が書かれている。

もちろん貴族だけの信仰の対象ではなく、
昔話の「わらしべ長者」も長谷観音への参拝から話がはじまることから、
庶民の間でも長谷詣が盛んだったことが伺い知れる。

というわけで源俊頼もまた長谷観音に恋の成就を祈ったのだが、
山から激しく吹きおろす「山おろし」のような結末に…。

長谷寺は受付で払うお金が拝観料ではなく入山料。
長い階段を登って本堂に辿り着く作りで、まさに山の上の寺という印象。

ちなみに丸谷才一「新々百人一首」では、
この地の気象変化の著しさが詠われた和歌が多いことが指摘され、

桜咲く たかねに 風やわたるらん 
雲たちさわぐ 小初瀬の山

はつせやま 雲居に花の 咲きぬれば 
あまの川波 たつかとぞ見る

春ふかき 花の梢に 風おちて 
雲ふきはらふ 小初瀬の山

といった風を詠んだ和歌が紹介されている。(順に藤原兼実、大江匡房、慈円)
そういえば私が訪れた時も、天気予報は晴れなのに雨がぱらついた。

御朱印をいただくと「大悲閣」と書かれていた。
観世音菩薩を安置した仏堂のことをこう表現するのだという。

オマケで長谷寺の読み方には「ちょうこくじ」という別称もあり、
一説によると初瀬「はつせ」の読みが「はっせ」「はせ」と変化し、
それが長谷寺「はせでら」という読み方につながったという説がある。