長寿の秘訣は洋食より和食!「自叙 益田孝翁伝」

三井物産初代社長の自叙伝「自叙 益田孝翁伝」。
茶人としても高名で鈍翁と号した数寄者としても知られる。

食事に気をつかうことが長寿(満90歳で死去)の秘訣だったのだが、
そのきっかけが豚の飼育だったというのが興味深い。

私は余程前から豚を飼っているが、甘藷とか残飯とかいうような炭水化物の多い食物な食わせておくと盛んに太って、肉を切ってみると、脂肪即ち白いところが非常に厚くなってくいる。しかるに豆腐粕とか魚のあらとかいうような蛋白質の多い食物な食わせていると、脂肪が少なくなるので、お宅のようなあんな肉はとてもハムにはなりませぬ、なぞと言われる。食物によってこうも違うものか、豚どころではない人間もやはりこの通りに相違ない、これは第一自分の食物な注意しなけれぱならぬわいと考えた。これが、私が食物の研究をするようになった動機である。」P263

日本人の食物は米、野菜、魚なぞであったのだが、近来西洋料理が非常に流行して、肉食を盛んにやるようになって来たので、丈夫な人がなかなか死ぬようになった。病気なぞは寄せ付けそうに思われないほどの頑健な人でも、長くイギリスにいて肉食をして、日本へ帰ってからもその習慣が抜けなくて、とつとう病気になって死んでしまった。三井物産会社なぞでも、長く海外にいて肉食をするもので、私よりも若い人が先に死んで行く。」P357

栄養学の父と言われる佐伯矩(1886~1959年)が、
世界初の栄養学研究所を設立したのが1914年であることを考えると、
益田孝(1848~1938年)の着眼点が先進的だったことが伺い知れる。
日々の感覚の先端でつかんだ情報を生かすところはさすが実業家だ。

今日の学者が論出する食物論よりすれぱ、日本人の食物は世界中で最も適当の食物であり、また日本人の食物中でも百姓の食する粗食が一番無害で適当なりとの論に帰着し、ご馳走は不可なりと言わねばならぬことになった。」P360

鈍翁の茶懐石

自叙伝のみを読むとたいそう質素な食生活だったよう思われるが、
茶人・益田鈍翁が主催した茶会の懐石料理は美味しそうだ。
熊倉功夫近代数寄者の茶の湯からいくつか紹介すると、

1916年4月16日の献立

  • 汁  信州味噌、独活
  • 向付 鯛、岩茸、山葵、甘酢
  • 椀  鰈(かれい)、金海鼠(きんこ)、蕨(わらび)、木の芽
  • 焼物 豚、鶏肉と重ね焼、摘草浸し
  • 強肴 桜ばい、蕗(ふき)
  • 八寸 若鮎、薔薇の芽
  • 吸物 蛤、切生姜
  • 菓子 春雨羹

1920年6月13日の献立

  • 汁  三州味噌、おこぜ、小芋
  • 向付 鱚(きす)、甘酢
  • 椀  夏鴨しんじょ、早松茸、淡竹、水前寺菜、柚花
  • 焼物 長良川鮎、大根おろし、煮ぬき茄子
  • 吸物 ちょろぎ、藤豆
  • 八寸 鶏卵味噌漬、くちこ、松の実塩煎串にさして

1920年11月8日の献立

  • 汁  三州味噌、大根、しめじ
  • 向付 鯛昆布〆、いり酒、岩茸、浜防風
  • 椀  海老しんじょ、生湯葉、水前寺菜
  • 焼物 鶉、海老芋
  • 吸物 燕巣、土筆(つくし)
  • 八寸 からすみ、百合根、革茸
  • 強肴 越後産鮭の子

1921年3月1日の献立

  • 汁  三州味噌、土筆、菜
  • 向付 たんぽぽ、スイカンボ若芽茎、アサリ貝胡麻和え
  • 椀  自製笹の雪豆腐、薄葛、生姜
  • 八寸 燻し鰊(にしん)、百合根

高級食材の燕の巣も含まれていたりするが、
バラの芽やつくし、たんぽぽ等、そんなの食べられたのか?!
と気付かされるような野草が含まれているのが特徴だろうか。

料理を前に驚く客人に自らの哲学を披露する姿が目に浮かぶ。
美味しい料理に豪華な食材を使う必要などなく、そして健康的なのだと。