気象予報士が読み解く平安時代/石井和子「紫式部の暗号」

その道の専門家が読み解いた書物よりも、
純粋に感動した他分野の専門家が語る方が魅力が伝わるのだろうか?

源氏物語には正直これまであまり興味のなかったのだけど、
気象予報士に気象描写がスゴい!と言われて興味がわいた。

今まで気がつかなかった気候と文化のつながりの記述を記録しておくと。

源氏物語の記述から平安貴族が雨をかなり嫌っていたことが読み取れ、
それは雨に濡れると衣装の色が落ちたり、他の衣装に色移りしてしまうから。

当時の衣服の染料は植物から染めるいわゆる草木染めでしたが、まだ良い色止めの技術も発達していなかったと思われます。また、もうひとつ雨が嫌いだった理由として、衣裳には艶を出すのに糊が張ってありましたが、その糊が落ちてしまうことも大きな要素だったようです。

だからこの時代の男性は雨の中、女性のもとを訪れるのが愛の証だったり、
関心がなくなった女性には雨を口実に足を遠のかせたりしたのだという。

ちなみにこの時代の傘は雨具としては使われていなかったそうだ。

傘といえぱ、お寺の儀式などで大僧正に後ろからかざす大きな唐傘はあったのですが、権威のための傘であって、日常の雨具としては使われていませんでした。

また平安時代に女流作家が活躍した時代は気候が温暖だったということ。
そういえば現代も温暖化が叫ばれた頃から女性の活躍が目立つなぁ。

温暖な気候とともに花開いた平安女流文学はこのあと、十一世紀半ば、「源氏物語」に憧れて育ったという藤原孝標の娘の「更級日記」を最後に終わりを告げますが、この十一世紀後半は、気候としても寒さの一時的なピークを迎えるようです。そして寒冷化するにつれ貴族政治が乱れ、上皇による院政、武士の台頭、前九年・後三年の役をはじめとする兵乱の時代となっていきました。このころの温暖な気候が宮廷文化の隆盛に大きな役割を果たしたといえそうです。

しかし温暖といっても現在と同じくらい酷暑だったことから、
源氏物語でも源氏が「わらわ病み」すなわちマラリアにかかる描写もある。

蒸し暑い京都の夏、それに京都は大昔湖の底だったこともあり蚊が大発生するのに好都合なたくさんの池や沼がありました。マラリア蔓延に絶好の条件がそろっていたのです。京都はマラリアの天国でした。

そういえば氷河期に京都が内海化することでできた地層が、
後に京料理に美味しい筍をもたらしたことを指摘した本も面白かった。

分野を超えた出会いの魅力を再認識した2016年だったかもしれない。