世界神話の母型から見た日本の神と昔話

ジョゼフ・キャンベルがつきとめた英雄伝説の母型

世界中の英雄伝説にはたった一つの母型があることをつきとめた、
アメリカの神話学者、ジョゼフ・キャンベル(1904~1987)。

ちなみに学生時代にキャンベルの授業に刺激を受けて、
ジョージ・ルーカスが作った映画があの「スター・ウォーズ」だ。

ふつう英雄の冒険は、なにかを奪われた人物、あるいは自分の社会の構成員にとって可能な、または許されている通常の体験には、なにか大事なものが欠けていると感じている人物の存在からはじまります。それから、この人物は、失ったものを取り戻すため、あるいはなんらかの生命の霊薬を見つけるため、日常生活を超えた一連の冒険の旅に出かけます。たいがいそれは、どこかへ行ってまた戻ってくるというサイクルを形成しています。」(ジョゼフ・キャンベル&ビル・モイヤーズ「神話の力」P265)

異形の者が漂流後に神となる

日本だとまず思い当たるのは七福神の「えびす」様。
由来は古事記でイザナギ、イザナミから最初に生まれた神。
手足のはっきりしない水子だったため、葦船で海へ流されてしまう。
しかし捨て子は後に海の神として、漁民や貿易商に崇められるようになる。

赤坂憲雄「境界の発生」によると、
古代日本社会にはとある共同体で「異形」として追い出さた漂泊者が、
他の共同体へ訪れて「神」とみなされた、という型があったようだ。

異常に小さく産まれた後に大出世

日本の昔話の主人公の生まれ方にもキャンベル指摘の母型が見られ、
桃や瓜、竹などから異常に小さく産まれることが多い。
一寸法師が世界神話の母型にもっとも近いと言えるだろうか。

しかし柳田国男が子男神スクナヒコナ神話が源流では?と指摘した際に、

最初異常に小さかったということが、その神を尊く、また霊ありとした理由であったことは察しえられる。」(柳田国男「桃太郎の誕生」P37)

と語っているように、
日本では「小ささ」をキャンベル指摘の「欠けた」ものとは見ていない。
清少納言が「枕草子」で身の回りの小さなものを

ちひさきものはみなうつくし

と愛でたように、古来より小ささに美を見出してきた。

こうして見てくると世界の母型から外れた部分に、
その国の文化の特徴が現れているのかもしれない。

そういえば日本の昔話に共通する謎と言えば、

  • 主人公の母親はどこへ行ってしまったのか?
  • おじいさん、おばあさんが子を授かるのがなぜ王道?

何か深い意味が隠されているのだろうか。