江戸時代の天ぷらはどんな油で揚げていたのか?

調理に大量の油を必要とする天ぷら。何油をどのように調達していたのか?
今のところ詳しいことは分かっていないようだ。

油の流通網については、古来より寺社に大量の燈油の需要があったため、
荏胡麻から作製した油を取り扱う油商人が京都を中心に活動していた。
足利幕府の庇護を受け、独占販売権を有した大山崎油座が有名。

ただ生産量が少なく、料理用の油は手に入れづらかったようだ。

江戸での調理素材としての揚げ物の代表に、豆腐を揚げた油揚げ・がんもどき(飛竜頭)などが当時すでにあったことを思うと、あくまでも推測の域をでないのだが、屋台での揚げ物屋の油は料亭や加工商(豆腐屋など)あたりから、安く入手していたのではあるまいか。」(大久保洋子「江戸の食空間」

古い油であげた天ぷら…、油っぽくて美味しくないよね。
栄養不足の庶民にはそれがかえってよかったのだろうか?
天つゆにつけるのは余分な油を落とすためということか?

精製度の低い濃い油だったからこそ、てんぷらが広まったともいえます。冷蔵庫も冷凍庫もない時代です。魚介の鮮度はあっという間に落ち、生臭くなってしまいます。けれど、香りの強いごま油で揚げれば気にならない。精製度の低い油は、魚介の生臭さを打ち消すにはぴったりだったのです。」(近藤文夫「食べることは、生きること」

現代の天ぷら名人がなるほど!な意見を述べており、
今と昔の「美味しい♪」は違うんだなぁと思い知ったのだった。