立花宗茂と小野篁、日本史上稀な復活劇。

柳川藩主立花邸「御花」で結婚式をした。
この地を治めていた立花家の別邸だった場所に、
立花家16代が旅館と料亭の営業を開始し現在に至る。
※挙式の担当者がなんと立花家18代目にあたる方だった。

立花家2代目の立花宗茂(1567~1643)は、
日本史上、稀に見る大復活を遂げた人物。

豊臣秀吉の時代に柳川の地を治めていたが、
関ヶ原の戦い(1600)で石田三成方の西軍につき敗北。
領地をすべて失って浪人となる。

しかしその後、徳川秀忠の信用を得て、
1620年に旧領の柳川の地で大名として復活を果たし、
関ヶ原で改易された後に旧領に復帰した唯一の大名となる。

日本史上、政治的な対立等で地位を失った人物が、
以前と同等の地位に復帰する例は極めて少ない。

立花宗茂のほかにすぐに思い当たる人物と言えば、
百人一首に和歌が残る平安時代の小野篁(802~853)。

わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 
人には告げよ 海人の釣舟

この歌は遣唐使への乗船に拒否、同事業を批判したことで、
官位を剥奪されて、隠岐に流される時に詠んだとされる。
しかしその文才を惜しまれ、流刑以前と同じ地位に復帰。

ほかにも復活例はあるかもしれないけど、
今のところ思いつくのは立花宗茂と小野篁の2人だけかな。

披露宴の最中に予定にないところでマイクを渡されて、
何も考えてなかったら、上記のような話をしてごまかした(笑)
無用と思われがちな歴史の知識がこんなところで役に立った。