裁判員制度導入の意義を勝手に決めつける

来年5月21日から裁判員制度が始まる。例のアメリカの陪審員みたいなやつ。
みんな興味ないだろうし、選ばれたら面倒だなぁって思ってるんじゃない?
私も去年の夏くらいまでは、10万円の罰金払ってでも行くもんかと思ってた。
(※裁判員に選ばれて、理由なく出頭しないと10万円以下の過料。)

でも実際に会社法がらみの裁判に関わってみて、考え方がだいぶ変わったんだ。
我々一般人が法律家を監視しなければ、とんでもない裁判が行われてしまう。
例えば弁護士の意見書。本当にヒドイ内容。小学生の文章みたいで目を疑う。
自分の依頼人の側に有利な判決が出れば後はどうでもいい、といった感じ。
法律を通じて公正な社会の実現に寄与する、みたいな倫理観まったくなし。

株式会社はどこへ行くのか」で、早稲田の法学部長、上村達男教授が、
「ただ金儲けだけのために、依頼人に言われたとおりに書いたとしか思えない意見が裁判所によって採用される」といった事件が増えているように感じます。
なんてことを言ってるし、司法制度が危機的状態、って身をもって体験してる。

でも、法律家を目指して司法試験の勉強していた私の友人たちは、
みんな私の何倍も頭がいいし、人間的にもよくできた人ばかりなんだ。
だから私が出会った上記の弁護士も、根の部分ではちゃんとした人のはずなんだ。
裁判員制度を通じて、我々の目にさらされることになれば、元に戻るはず。
法律の素人に「あなたこんな文章を書いて恥ずかしくないの?」
って言われたら、さすがに目を覚ますはずだから。

裁判員制度は壊れかけた司法制度を我々一般人の手で立て直すためにある!
というのが、私なりの結論。選ばれたら積極的に参加しよう。
あと最高裁判所の裁判官の国民審査。もっと盛り上がりたいねぇ。

コメント

  1. VIPPERな名無しさん より:

    激しく同意します。
    司法だけでなく、官僚組織全てに国民が監視できる制度が必要ですね。

  2. まろ@管理人 より:

    官僚…。どうやって監視しますかねぇ。
    まずはカネの亡者にならないよう教育するとこからかな。。。