バフェットさんの追っかけ…おわりかな

自伝と位置づけられた「スノーボール」がおもしろいと感じなかったせいなのか、
ゼネラル・リー以降の最大の投資案件だった、バーリントン・ノーザン鉄道が、
環境株じゃなくて、微妙に石炭株だったと知って、なんかガッカリしたせいなのか…
すっかりバフェットさんへの興味が薄れてしまった今日この頃。

現代語訳の「論語と算盤」を読んでいて、思い当たる節があった。

 本当に人を評論しようと思うならば、その富や地位、名誉のもとになった「成功か失敗か」という結果を二の次にし、よくその人が社会のために尽くそうとした精神と効果とによって、行われるべきなのだ。
渋沢栄一「論語と算盤」(現代語訳・守屋淳) P129より

20代の頃の私は、人の価値はお金で決まるもの、ってかなり本気で思ってた。
ちょうど10年前の就職活動で、あなたは社会で通用しないのねん、と認定され、
ならばお金持ちになって見返してやるぅー!とはじめたのが株式投資。
左のプロフィールに2000年春~投資家、って書いてある真相が実はこれなのだ(笑)
そしたら、投資の神様と呼ばれているバフェットさんを追っかけるのが一般的。

だから、そもそもバフェットさんを尊敬して、というよりお金に目がくらんで…、
言い換えれば、玉の輿結婚を狙って、相手じゃなくてそのお金に恋してるような。
こんな不純な動機に支えられた追っかけだったから、折れちゃったのかな。

コメント

  1. baboocon より:

    人間誰しも、尊敬する人物に「こうあって欲しい」と創り上げたイメージってあると思います。そしてそれが実際のその人と違っている時に失望してしまうことも。
    渋沢栄一翁の仰ることも尤もですが、僕は「スノーボール」を読んで不完全で人間臭いバフェット氏の姿に逆に親近感を感じました。
    しかし、僕がブログを始めるきっかけになったまろさんがバフェット氏の追っかけを辞めちゃうというのは残念です。

  2. とよぴ~ より:

    真似る→学ぶ→自分のカタチが出来たってところかもしれませんね?
    ちょうど渋沢爺の言葉
    「成功と失敗は、自分の身体に残ったカス」
    この表現はなかなかグッと来るものがあります

  3. まろ@管理人 より:

    京都で考えた異常な?決断の1つ目をお送りしました。
    自分のカタチができた…そうだったら嬉しいなぁ。
    たぶん失望とか、そういうマイナス方向じゃなさそう。
    脳のバックアップ代わりのこのブログが、微妙に投資の世界から離れはじめているので、向かう先にバフェットさんがいなくなってしまったのか、なんなのか???
    うーん、はっきりとした原因はよく分かりません。
    「変化の胎動を感じる春」とか言って、お茶を濁しておきます(笑)