何かの犠牲の上に成り立つ未来なんて…

2つの選択肢があって、片方を選ぶと、もう片方はあきらめないといけない。
人生のいろいろな局面で、2者択一的な選択で頭を悩ますもの。

でも、片方を犠牲にして、得られる未来って、良いもの? それで幸せ?
そして、そもそも1つに絞る必要があるのかな?
本当に考えなきゃいけないことから、逃げているだけじゃないのかな?

一番身近な例だと、お金と時間の関係
収入や富の増加のため、仕事の時間を増やしすぎると、
ストレスが増え、自分が幸せを感じる活動に注ぐ気力や時間がなくなる。
自由な時間が欲しいけど、収入に不安が…、とあきらめないで、
常にお金と時間のいい塩梅(中庸)を探し続ける努力をするのが大事。

最近の気持ち悪い例だと、英語の社内公用語化
日本語と英語のどちらか一方に統一する、というのは大きな違和感がある。
長ったらしい日本語の社内文章の1枚目に、英語の要約文を必ず付ける、
というように、両方の言語を同時に運用する努力をするべきでは?
とくに日本は、和魂洋才、和魂漢才といった言葉に代表されるように、
外と内を編集することで輝いてきた国なんだから、その強みを捨てるのは…

最後に、社会的責任投資(SRI)。
投資リターンを得るために、SRIなんてキレイごとは言ってられない、とか
どーせ個人のお金なんて、小さくて何の力もないから考えるだけ無駄…
でも投資は未来へ一票を投じる行為だから、小さくても責任を持ちたい。
個人投資家として、投資リターンも社会への責任も同時に追いかけるには、
どんなアプローチができるのか、考え続けたい。