普遍性はどこにある?/松岡正剛「連塾」より

投資については語り尽くしたので、卒業記念のようなノリで、
テーマごとまとめた目次の作成に奮闘中。6年分となると量が多い…。

いつ読んでも通用する、普遍性が感じられるものだけを選んでるつもり。
企業分析のような、その時かぎりのものは、今読んでもピンとこない。
書いているときは分からないけど、振り返ってみると初めて気づくものらしい。
でも、普遍的なもの、ってどうやったら書けるんだろう?

先週の土曜日、松岡正剛さん主催の「連塾」に参加してきた。
対談相手に登場した、川上未映子さんの感性の輝きに惚れちゃった。
今回の地震を機に、創作の方法意識が変わった、って話がとくに俊逸で…

  • 自分を掘り下げた先に、普遍につながる道がある。そうじゃないと普遍なんてモンスターには出会えない。村上春樹も「井戸を掘る」と言ってたし、私もそう信じていた。
  • ひとりの人間、ひとつの感覚、であるということの解像度をどんどん上げて書くことが、最終的には強いと思っていた。作品のエネルギーとして間違っていないと思っていた。
  • でも、津波の映像を目にして、私の中で一人称が死んで、三人称が立ち上がってきた。私の方法は、構造や関係性を追い求めるよりも、深く遠くに行けると信じていたのに…。そのことに気づいたとき、新幹線の中で2時間、涙が止まらなかった。
  • 三人称を描く困難やためらいを知った後にしか一人称には戻れない。内面がもしあるとして、そこにたどり着く方法は、もっと手順を踏まなければいけない、と気づけたのが今回の震災だった。

ざっとまとめると、こんな感じの話。

私も普遍的な真理を追い求めるには、まず己を知ることが大事と思ってた。
つい最近まで、孤高を目指すことが、何より優れていると信じてた。
でも昨年、それは間違えだった、と気付かせてくれた人がいた。
心の内の大転換を表現した記事が、昨年末の「しあわせのかたち」だった。

あれから私は、どこから世界を見つめるのが正しいのか、分からなくなった。