事の大小が心の中で入れ替わる

昨日紹介した「お金と幸福のおかしな関係」に出てくる、ギクッとする一節。

「心の会計に欠陥があることから、大切でない決定と大切な決定を区別することが困難になることも多い。・・・このことはまた、本当は寂しくて一番欲しいのが恋人であるにもかかわらず、余暇のほとんどを預金のことだけを考えてすごし、投資に関する理想的な決定を下そうと毎日何百という株式やファンドなどの証券とにらめっこしている男性にも当てはまる。このようなケースでは、どうでもよいことに異常なほど多くの時間が割かれており、幸福のために本当に大切な決定を行おうとしているとは言い難い。」(P228)

なんだか私のことを言われているみたいで耳が痛い。

一番欲しいのが恋人、ではなくお金だと思っていた点がもっと重症かも(笑)
コストが一番安いファンドはどれだ?!と追求することからはじまり、
個別株投資に移ってからは、有利な投資手法を求めて、デイトレードしてみたり、
財務諸表を読めるようになりたいんだ!と税理士試験まで受けてしまったり…。

お金への執着は失ったものの、今度は投資の世界そのものに夢中になってしまい、
この不況下に仕事をほったらかして、大学院へ突入する始末。
学ぶことが楽しいんだもん!という言い訳もできるが、異常性があるのも事実。

でも、今のままでも十分幸せなんだけどな。
好き勝手やってきたわりには、そんなに大きな不幸に出会ったこともない。
学習の高速道路論の「対象への深い愛情ゆえの没頭」みたいなものと楽観視?
今の心境は「生きるだけ生きたらば、死ぬるでもあらうかとおもふ」(無苦庵記)
みたいな感じ。心静かに興味のあるものを追いかけ続けたい。

※おまけ
パスカルもこんな言葉を残している
人間の小さなことがらに対する敏感さと、大きなことがらに対する無感覚は、奇妙な入れ替りを示している。

コメント

  1. ダモ より:

    韓国ドラマを見ていると、主人公の男をゲットするために、なりふりかまわず、かなりえげつない行動をしてるヒロインのライバルとかが出てきます。主人公がお金持ちの場合も結構ありますが、冬ソナなんかは別に金銭は関係ありません。単にその人が好きだから。
    ドラマに限らず、現実の世界でも、やはり、誰と結婚するかというのが、人生においてもっとも重要な位置であるのは確かですね。
    50歳過ぎて初婚して、80歳過ぎて再婚(最初の奥様が亡くなって)した人がいるので、まだこれから縁があるかもしれませんよ。
    しかし、私のまわりでもアラフォーで独身の多いこと!

  2. まろ@管理人 より:

    ありがとうございます。人生の先輩!
    やっぱり結婚するなら食事の好みが重要なのかな、って最近思います。毎朝、毎晩は無理でも、週に10回以上は一緒にご飯を食べそうだから、その時「おいしいねー」って笑顔でいれば、ずっと仲良くできるんじゃないかと。
    こんな考え方いかがでしょう?