夢は叶った後に気づきたい

夢を叶えるのは難しい。
そして歳とともに、あきらめなければいけないことも増えてくる。
だから夢は、叶えることよりも、持ち続けることの方が、もっと難しい。

大小さまざまな夢が、浮かんでは沈み、消えゆく中で、ふと思う。
そもそも、まず夢があって、それに向かって突き進むなんて幻想では?
そんな疑問を感じたとき、通り過ぎていった茂木健一郎氏のツイート

目的意識がはっきりとしすぎている人、あるいは、人生というものは目的があってそれに向かうことだと考える人と話していて息苦しさを感じるのは、感情的反応というだけでなく、そもそも生きるということはそんなことではないという認識の問題なのだろう。

そう、人生は偶然の積み重ねだから、筋道なんて通っちゃいない。
努力に見合った成功が欲しい、みたいな願いは、あとで疲れるだけなんだ。
もしかしたら、夢とは、過去を振り返ることで初めて発見できるものかも。
所ジョージさんが著書のなかで、こんなことを語っている。

『いつかは○○するのが夢です』なんて、夢や希望を口にした時点で、そいつはダメだと思うね。だって、じぶんにこうしたいと思うものがあれば、言葉にして言う必要がないんだもん。人に言わなくても、やり続けて、何年か後にうまくいったとき、初めて『これが夢だったんだ』って言えばいいわけですよ。」(所さんにまかせなさい・P56)

人生って、たくさんの可能性を斬り捨てながら、1つの道を進んでいくもの。
だから、遠い雲のような夢を追いかけると、ガッカリすることが多くなる。
あとで夢に気がついて「叶ってた♪」くらいのゆるい生き方がいい。

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