富と幸福

富と幸福の関係について書こうと思ってたんだけど、なんか気が変わった。
株式投資をしてるせいで、関連性があると信じたいだけなんじゃないのかな?

お金があれば幸せになれる、と考える人は、お金があっても幸せになれない。
お金が多少増えたところで、人の中身が変わるわけじゃないから。

例えばドラクエだと、レベルが上がって強い呪文とか覚えていくのが楽しい。
序盤にゴールドがたくさんあっても、買える武器は限られ、先に進めない。
ドラクエの楽しさは「経験値>ゴールド」なんだ。

なんとなく払拭できない、モヤモヤ感。
そこで世界の名言を絡めて、富と幸福についてつづってみることにした。


まずは明治初期、福沢諭吉の「学問のススメ」とともにベストセラーだった、
サミュエル・スマイルズの「自助論」から

お金に対する態度――どう稼ぎ、どう貯めて、どう使うか――を見れば、あなたが、どれくらい現実に処する知恵のある人であるかが見えてしまいます。

稼ぐ、貯める、使う。
この3つが連動していなければ、富から幸福感を得られることはないだろう。
たとえば、中国の明の時代に書かれた「菜根譚」を引用すれば、

贅沢な者はいくら富んでも満足することはない。貧しくともつつましく暮らしながら余裕をもつ方がよほどいいではないか。有能な者はいくら一所懸命になって働いても人の恨みを買う。不器用でも気楽に日々をすごし自然のままに生きる方がましではないか。」

収入が増えて幸福を感じるのは、生活への欲求と収入の差が大きくなった時。
でも、どんなに収入を増やしても、欲求はぴったり後を追いかけてきてしまう。
いろいろなものが進歩し続けて、人々の欲求は青天井に上昇しているからね。
だから、稼ぐことばかりに力を入れていてもダメなんだ。

また、たとえお金を貯めることに成功しても…

「富の足枷は精神にとってきわめて大きな拘束となるもので、これを完全に逃れ得る人はごく稀である。大きな財産の所有と管理、あるいは大きな名誉や権力を伴う地位は、ほとんど絶対確実に、およそ幸福とは正反対の、心情の硬化を導くものである。」(カール・ヒルティ)

「実の自然な欲望を満足させる以外に、富によってなしうることといえば、われわれの本当の幸福感にとっては影響の少ないことばかりで、むしろ大きな財産の維持のために不可避的に生ずる数々の心労のために、かえって幸福感が損なわれるくらいである。」(アルトゥル・ショーペンハウアー)

貯め込みすぎると、失うことを恐れるあまり、心の平静を失ってしまう。
中庸はいったいどこにあるのか?
最後に、堂目卓生「アダム・スミス-『道徳感情論』と『国富論』の世界」から

「…心の平静を得るためには、最低水準の収入を得て、健康で、負債がなく、良心にやましいところがない生活を送らなければならない。しかし、これ以上の財産の追加は幸福を大きく増進するものではない。以上がスミスの幸福論である。」

>>>その2へつづく

参考文献
サミュエル・スマイルズ「自助論」P187
「菜根譚」前集55
ヒルティ「幸福論」P211
ショーペンハウアー「幸福について」P20
堂目卓生「アダム・スミス-『道徳感情論』と『国富論』の世界」P82