水を好んだ「老子」の教え

昨日、引用した老子の78章について、その前の部分も紹介すると、

 この世の中には水よりも柔らかでしなやかなものはない。
 しかし堅くて強いものを攻めるには水に勝るものはない。
 水本来の性質を変えるものなどないからである。
 弱いものが強いものに勝ち、柔らかいものが剛いものに勝つ。
 そのことはだれもが知っているが、行えるものはいない。

と水を称える内容になっている。
水を称えた内容はこれだけではなく、8章では、

 最上の善なるあり方は水のようなものだ。
 水は、あるゆるものに恵みを与えながら、争うことがなく、
 誰もがみな厭だと思う低いところに落ち着く。
 だから道に近いのだ。

教えの根幹である「道」に近いと語り、老子の水への愛は相当なもの。
もしかすると、この時代の中国って、雨があまり降らなかったのかな?
論語の雍也篇23においても、こんな一節がある。

 智の人は水を楽しみ、仁の人は山を楽しむ。
 智の人は動き、仁の人は静かである。
 智の人は楽しみ、仁の人は長生きする。

自然に人生を投影してみると、なんとなくしっくりくることが多い。
上記のように「水」で人生を語るなら、ひとつ付け加えておきたいこと。
人の人生は水の流れと同じく、一点に止まれば濁ってしまうもの。
だから、常にいろんなものに興味を持って、動き回っていたいね。

コメント

  1. レモン より:

    いろんなものに興味をもってですね。