あいまいこそが日本の美徳

引き続き、道元正法眼蔵」を読み、「即心是仏」の章から。
心と仏の間に境はなく(即心是仏)、心と自然・宇宙の境もあいまい。

もし人、心を識得せば、大地に寸土無し。
もし真実の心を悟ると、天地は崩壊してなくなってしまい、
是れ妙浄明心。山河大地、日月星辰。
浄く明るい心とは、自然(山河大地)であり、宇宙(日月星辰)のことだ。

境界線があいまいなのが日本らしくてなんだかいい。
でも、こういうのは欧米の人々には理解不能。

戦国時代のフランシスコ・ザビエルは、日本の高僧と話し合って…
幾度も話し合ってわかったのは、霊魂は不滅か不滅でないか、あるいは、霊魂は肉体とともに滅びるか滅びないかがはっきりしていないことです。彼の考えも首尾一貫していません。肯定するかと思うと否定する。
とグチをこぼしている。

人と神話(ミュトス)を切り分け、混沌(カオス)を理性(ロゴス)で支配する。
古代ギリシアから始まった哲学は、何でも切り分けて、秩序立てたがる。
こうした思想は脈々と受け継がれ、統計学で偶然を飼い慣らしてみたり、
奇妙な算式で企業価値を計算してみたりと、世の中を混乱させている。

日本の「あいまい」なままで平気なところ、いや「間」を大切にする心に、
次の時代を切り開くヒントがあると信じて、日本の文化・歴史を追いかける!

参考文献
窪田慈雲「坐禅に活かす「正法眼蔵」現代訳抄」
ピーター・ミルワード「ザビエルの見た日本」