日本はいつも恋してた/九鬼周造「いきの構造」

最近、九鬼周造って哲学者がなんとなく気になって、少しずつ調べてる。
織田信長に仕えた海賊大名、九鬼嘉隆の子孫で、母親が岡倉天心と不倫。
なんかこれだけでも、どんな人だったのかな?って興味がわいちゃう。
でも、哲学者の本って、基本的に意味が分からないから、
九鬼周造の代表作「いきの構造」の入門書(角川ソフィア文庫)を読んでみた。

「いき」の本質は、「媚態」すなわち男女の恋の駆け引きから発する美意識で、
その不安定性にゆえに、「意気地」と「諦め」の2つが必要になってくる。
「媚態・意気地・諦め」の3つで成り立つ「いき」の構造…、うん?
これはもしかして、恋の話ではなく、日本そのものを語っているのでは?

九鬼周造「いきの構造」

日本という国に一貫性がない理由は、いつも恋をしてたから?
日本はペリー来航までは、地理的に東のはずれで、寂しくたたずんでいた。
寂しさは恋しさにつながり、海の向こうの異質なものに、あこがれてた。
ちょうど人が自分にないものを持っている異性に恋をするのと同じように。

でもどんなに恋しても、日本の誇りを持って、受け入れたものを編集してきた。
漢字から仮名を生み出したり、箸でたらこスパゲッティを食べたり…。
そして、自然災害の多さから、背後ではつねに「無常」が動いてた。

九鬼周造の説いた「媚態」「意気地」「諦め」からなる「いきの構造」は、
日本文化を構成する「恋」「誇り」「無常」の3つを示唆していたのかな。

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