方丈記と徒然草の間に吹いた風

方丈記(1212年頃)と徒然草(1330年頃)の無常は何かが違う。
徒然草はこの世は無常だから、今この時を大切に生きようよ!
と無常から反転するけど、方丈記はなんとなく暗いまま終わる。

方丈記の末尾にはこんな和歌。
月かげは 入る山の端も つらかりき たえぬひかりを みるよしもがな
1177~85年にかけて都を襲った火災・竜巻・飢饉・地震の記録にはじまり、
最後は「もっと光を!」と希望を求めるような心の叫びで締められる。
この時代を覆っていた空気の重さが影響しているのだろうか。

鴨長明が生きた時代の日本には末法思想が広がっていた。
仏の人々を救う力が失われ、悪人だらけになる暗黒の時代が末法。
そして仏教の世界観では、日本という地の位置づけは、
釈迦の生まれた天竺から離れたの粟粒のごとき辺境の小島(粟散辺土)。

法然の浄土宗にはじまる鎌倉仏教は、今でこそ地位を確立してるけど、
当時は怪しげな新興宗教。一遍の踊り念仏なんて怪しすぎる!
また、かつては神にも近い存在だった天皇が次第に力を失い、
しまいには武士との戦いに敗れて島流し、なんて事件も起きる(承久の乱)。
頻発する天災も加わって、末法ゆえの世の乱れ、と人々は恐れただろう。

そんな時代を経て、徒然草のような無常から立ち上がる力はどこから?
そう考えたとき、蒙古襲来時(1274,81年)に吹いた神風が転換点では?

この神風で粟散辺土といった考えが吹き飛ばされ、
自信が芽ばえたことで、本格的に日本が立ち上がりはじめる…。
室町時代以降の日本文化が多彩に動き出すのと関係がありそう。