紀貫之の桜歌/古今和歌集より10首

桜の季節が迫ってくると、

といった記事にアクセスが集中する。
歌人や作者に絞った桜を眺めるのがやっぱり面白いね。
今日は紀貫之の桜歌を古今集から10首選んでみた。

今年より 春知りそむる 桜花
散るといふことは ならはざらなむ

ことならば 咲かずやはあらぬ 桜花
見る我さへに 静心なし

桜が散ってしまうことへのドキドキを詠った和歌。
在原業平の「世の中にたえて桜のなかりせば…」と同様、
この時代の桜観をよく表している。

誰しかも とめて折りつる 春霞
立ち隠すらむ 山の桜を

桜花 咲きにけらしな あしひきの
山のかひより 見ゆる白雲

今の私たちがお花見を楽しむのはソメイヨシノの桜。
ソメイヨシノは江戸時代に人工的に創られた品種で、
それ以前は主にヤマザクラを愛でていた。

山辺まで出かけるのは大変だから、
使いの者に桜を枝ごと取りに行かせたのか、
折った桜を花瓶に挿した和歌や記述が多い。

また「山のかひより見ゆる白雲」は雲を桜に見立てている。
日本文化の様々な場面で現れる「見立て」の技法は、
すでにこの時代には完成していたと言っていいだろう。
同じように何かを桜に見立てた歌としては、

桜花 散りぬる風の なごりには
水なき空に 波ぞ立ちける

桜吹雪を「水なし空に波」と表したり、

白雪の 降りしく時は み吉野の
山下風に 花ぞ散りける

吉野山の雪を桜に見立てた歌がある。
貫之は桜を美女に見立てた歌も詠んでおり、

山ざくら 霞のまより ほのかにも
見てし人こそ 恋しかりけれ

こえぬまは 吉野の山の さくら花
人づてのみ ききわたるかな

ヤマザクラを美女に見立てて会いたい想いを歌に込めた。
そして最後に成就しなかった恋を詠った桜歌を2首。

一目見し 君もや来ると 桜花
けふは待ち見て 散らば散らなむ

あなたを待っているうちに桜の季節も終わってしまうよ…

桜花 とく散りぬとも おもほえず
人の心ぞ 風も吹きあへぬ

桜は風に誘われて散ってしまうものだけど、
人の心という花は、風が吹かなくても散ってしまうではないか。
桜が咲いて散る短い間すら保てない恋心もあるのだろう。