未来のことは分からない。その善悪であればなおさらだ。

明らかに人選ミスと思われる有識者ヒアリングを受けた。
2050年のあるべき社会・経済の姿を語って欲しいと…。

ブログの過去記事を追ってもらえれば分かるとおり、
金融危機や3.11を経験したことで、

人生をはじめ経済や社会のこれまで(現在・過去)は、
これから起きること(未来)によって評価し直されるものだし、
再現性の低い偶然が未来を変えていくもの
だと私は考えている。

また未来予測が不可能ということを語った古典も紹介してきた。

私たち人間には知性の限界があり、未来を捉えることなど不可能だ。

またユクスキュルが「環世界"Umwelt"」という概念で示したように、
すべての生物は知覚の枠内でしか世界を認識できない。
言い換えれば、私たちが「客観的」だと信じているこの世界は、
世界全体から「主観的」にある一部分を型抜きしたものにすぎない

だから未来にとって何が善で何が悪なのかの判断はしようとしても、
結局は独りよがりな思考しか持ちえず、老子が指摘したとおり、

天下、皆、美の美為ることを知る。これ、悪なるのみ。
皆、善の善為ることを知る。これ、不善なるのみ。

美や善と判断しようとするから、悪や不善を生み出してしまうもの。
だから未来に対して確固たる目標を立て、突き進む考え方は支持しない。
有為転変する経済や社会に考え方を柔軟に変えていくしかないのだ。

未来志向や進歩主義が今の社会・経済を形成したのだと私は思う。
でもそれを「悪」と判断し、未来に対して「善」を求めるのなら、
これまでと同じ考え方でいいのか?と新たな疑問がわいたのだった。