柴田勝家の辞世の歌。思いがけず教養豊かな一首。

柴田勝家というと猛将で無骨というイメージがあったから、
秀吉に賤ヶ岳の戦いで敗れ、自刃前に詠んだ歌に驚いた。

夏の夜の 夢路はかなき 後の名を
雲井にあげよ 山ほととぎす

夏の夜の夢のようにはかなかった人生だが、
後世にも届くよう、私の名を空高くあげてくれ。
とホトトギスに願いを託した一首。

歴史の中のホトトギスと言えば、
信長・秀吉・家康の性格判断が定番だが、
文芸の世界では「この世とあの世を往き来する鳥」。

ホトトギスを漢字にすると「不如帰」「杜宇」「蜀魂」。
これは中国の伝説に由来した当て字で、
古蜀の王様だった杜宇が王の座を追われ、失意の内に死亡。
その魂が鳥となり「不如帰(帰るにしかず)」と鳴いたという。

また古今和歌集には、亡くなった人の家に行くのなら、
私があなたのことを思って泣き続けていると伝えて欲しい。
とホトトギスに願いをかけた、よみ人しらずの一首もある(855)。

なき人の 宿にかよはば ほととぎす
かけて音にのみ なくと告げなむ

勝家の辞世の歌はこれを踏まえたものだし、
暗殺された将軍、足利義輝の辞世の句のリメイクとも言える。

五月雨は 露か涙か ほととぎす
わが名をあげよ 雲の上まで

辞世の歌をめぐる背景を踏まえると、
柴田勝家という人物は文武両道だったのかもしれない。