明治維新で善悪二元論へ傾倒/司馬遼太郎「この国のかたち」

「間」を大切にする心が日本の美意識には見え隠れし、
白黒はっきりさせずに物事を進められる強さにもつながる。

でも最近の日本は極端な「善悪二元論」に囚われていないか?
一体いつからこんな思想になったのかと疑問に思っていた。

先日、司馬遼太郎の「この国のかたち」を読んでいて、
どうやら幕末・明治維新にはじまったことだと知った。

明治維新がただ一種類の思想で成立したとは思わないが、イデオロギー正義体系としては朱子学(宋学)の尊王攘夷思想だった。とくに維新後、尊王が拡大され、イデオロギーの常として、善玉と悪玉が設けられた。マルキシズムもふくめて、イデオロギーが善玉・悪玉をよりわけたり、論断したりするときには、幼児のようにあどけなく、残忍になる。

美や善と判断するところに、悪や不善が存在する。
と指摘したのは老子(第2章)だったか。

天下、皆、美の美為ることを知る。これ、悪なるのみ。
皆、善の善為ることを知る。これ、不善なるのみ。

押し寄せる津波ともに原発が「善」から「悪」と転換したように、
現代社会の主な脅威は、あからさまな悪意を持ったものではなく、
善意ではじまったものが、何かの拍子で猛威をふるうことにある。
善悪二元論では世界を読み解くことはできないのだが…