「桜狩り」から「紅葉狩り」へ

紅葉狩り。
この表現の由来は「桜狩り」のようだ。
いつの時代からかは分からないが、紅葉と桜が入れ替わった。

世の中に たえて桜の なかりせば
春の心は のどけからまし

散ればこそ いとど桜は めでたけれ
憂き世になにか 久しかるべき

伊勢物語(82段)の桜歌のやり取りは、

狩りはねむごろにもせで、酒を飲みつつ、やまと歌にかかれりけり。

野山で狩りをしつつ、美しい桜を愛でるなかで詠われたもの。
また道行文の最高峰と名高い太平記(第二巻)では、

落花の雪に踏み迷う、交野の春の桜狩り、紅葉の錦を着て帰る、嵐の山の秋の暮れ、一夜を明かす程だにも、旅宿となれば物憂きに、恩愛の契り浅からぬ、我が故郷の妻子をば、行方も知らず思いおき、年久しくも住みなれし、九重の帝都をば、今を限りと顧みて、思わぬ旅に出でたまふ、心の中ぞ哀れなる。

交野の桜と嵐山の紅葉を対比する中で「桜狩り」と表現。
ちなみにこの一節は藤原俊成の和歌(新古今集114)

またや見む 交野のみ野の 桜狩り
花の雪散る 春のあけぼの

を引用した文章になっている。

かつて人々が愛でた桜はヤマザクラ。
貴族にとっては狩りのついでの花見だから「桜狩り」。

秀吉の醍醐の花見を経て、桜を愛でる心が武士、庶民へと伝播。
江戸時代には都市部で当たり前に花見ができるようになり、
桜は狩りに出かけるほどの遠出ではなくなった。

一方、紅葉の観賞は現代でも郊外の野山へ出かける必要がある。
こんな背景で「狩り」が「桜」から「紅葉」に移ったのだろうか。