河口真理子「ソーシャルファイナンスの教科書」

お金儲けに執着していた投資家としての私は、 と出会ってから考え方が少し変わりはじめた。 キレイごとではなく、こんな素敵な会社があるのだから、 株主として誇れる会社に投資したいと考えるように。 そして投資方法を模索する中で河口真理子さんに出会い、 社会問題と企業や投資家とのつながりへの知識が深まった。 そんな私の師匠の本があさって6月30日に発売。
  • ソーシャルファイナンスの教科書河口真理子ソーシャルファイナンスの教科書
先週もらったので、内容をいち早く紹介しよう♪ 内容をざっと箇条書きにすると、
  • 日本人の投資嫌いのルーツ
  • 金融本来の収益性と社会性の両立
  • マイクロ投資の個人投資家への広がり
  • 独立系運用会社による長期投資家の育成
  • サステナブル投資に関心を向け始めた機関投資家の動き
  • 金融の力で解決できるかもしれない様々な社会問題
文化から日本経済を読み解きたい私に響いたのは、 日本人が投資をギャンブルと考えてしまうのは、 江戸時代の米相場に由来するのでは?という指摘。
米相場の場合は欧州の交易船への投資と決定的に違うのは、秋の収穫を予測して売り買いするもので、秋の収穫が終われば売り買いの決済が行われることです。また、秋の収穫は、お天気次第という運に天を任せるしかないことです。一方で、交易船の場合は、いつ戻ってくるか、戻ってきてもきちんと荷物を運んできたのかどうかが、まったくわかりません。時間軸がわからない長期でリスクをとる姿勢が必要です。ただ、交易船の船長や乗組員の人選、頑強な船にする、航路をどうするかなど、航海のリスクを多少なりとも下げる努力はできたように思います。」(P34)
そういえば今でも日本のテクニカル分析と言えば、 江戸時代の相場師が考案した「酒田五法」だもんね。 またすべての日本人が投資から目を背けてはならないのは、
私たち個人は消費者として保険を通じて間接的に株主にもなり、労働者として年金を通じて、間接的に株主になっているのです。企業から見ると株主、消費者、労働者(従業員)は別な人たちですが、金融のしくみを通して、知らず知らずの間に同一人物が三つの立場になっているかもしれないのです。」(P72)
この説明の仕方が好き。 投資家として利益・配当upを過度に求めれば、 労働者としての給料に響いてきたり、 消費者として良いものを安く買えなくなってしまったり…。 私たち投資家が「分散投資」で資産防衛を図っているが、 そこで軽減されたリスクは社会全体に転嫁されてしまう。 だから投資家には、
ビジネスの存在意義も含めて理解し、予測した将来性に基づきリスクを取ること」(P29)
が求められていることを忘れてはならない。 【オマケ】 去年つくった資料を2015年度版に再編集。 → 社会を意識した投資をするための読書案内(PDF)