幸福は風景みたいなもの/本日のスープ・調理場より

リレー連載企画「本日のスープ~株式投資をめぐる三重奏~」。
先日rennyさんのブログに51皿目のコラムを寄稿した。

幸福が所有できる「モノ」のような考えに囚われてしまうと、
富と幸福の間にうずまく無限の混沌に陥ってしまう、って話をした。

ところで「モノ」でないとすれば、幸福をどう受け止めるべきなのか?
毎年、連休中に再編集する記事を読み返していたら、

ふと思い出した羽生さんのことば。

幸せとは、一箇所にとどまって、これで幸せというものではなく、現在進行形で動き続けているもの、変わり続けているもの。変わり続ける中で、新しい発見があるもの。やりがいを感じることや充実感があることを見つけ続け、探し続ける、そのプロセスです。

幸福って「風景」みたいなものなんだなと。
所有はできず、その場に身を浸した瞬間にしか感じられないもの。

どこへ行けばその風景が見られるのか? 探し続けるしかない。
探し続ける過程で思いもかけず出会ってしまうかもしれないし、
探し求めた場にたどり着いても、出会えなかったりもする。

幸福をお金で買える「モノ」って考えてしまうと、
資本主義社会では時間やお金を搾取されるカモになる。
型にはまった幸福を売って儲けるのが企業のブランド戦略だから。

自分なりの幸せのかたちを探し続けよう。